魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
11.谷の朝
 はっと目が覚めると、既にヒースの飛竜がそこにはいて、また、眠っていたはずのゲオルグの飛竜も目覚めていた。ヒースは、ヒースの飛竜で降りて来た部下と何やら話をしていて、ナターリエが目覚めたことに気付いていない。

『起きたか』

「あっ、リューカーン、お早うございます。あなたは、4日間ずっと眠っているわけではないのですね」

『いつもはそうだが、今は卵を守る時期なのでな。番が起きるまでは、わたしは薄い眠りで過ごしている』

「まあ、まあ、そうなのですね。一晩、ありがとうございました。おかげ様でぐっすりと眠れました」

 それは、礼を言われる話でもなかったようで、リューカーンは何も返事をしない。

「ナターリエ嬢、起きたか」
「おはようございます。すみません、すっかり、眠ってしまって!」
「そうだな。一度も目覚めないとは、大物だ」

 そう言ってヒースが笑うと、ヒースの飛竜に乗って降りて来た若い騎士も小さく笑う。

「ゲオルグの飛竜は、ゲオルグが言っていたように足を折ってはいるが、飛べそうだ。着陸がちょっと厳しそうなので、そこは腕がいいコルトに任せる」
「コルトと申します。ナターリエ嬢」
「よろしくお願いいたします」
「コルトは、飛竜の扱いが誰よりも繊細でな。きっと、ゲオルグの飛竜をうまく着陸させてくれると信じているぞ」
「ううん、荷が若干重たいのですが、頑張ります」

 すると、その会話を聞いていたリューカーンが

『帰るか』

 と言葉を挟む。

「ああ。一晩世話になった。ありがとう」

『何もしておらん。お前たちは、また来るのか? それとも来ないのか?』

「どちらが良いだろうか?」

『来ない方が良い。来ても何もないだろうし、こちらも何が出来るわけでもない』

 それへ、ナターリエが「ええっ!?」と声をあげる。

「ナターリエ嬢?」
「えっ、あの、その……リューカーンの、絵を描こうと……思っていたのですが……」

 それにはヒースが笑って

「それは、戻って邸宅で、思い出しながら描いてくれ」

 と宥める。一瞬でナターリエは肩を落としたが、仕方がない、と口端を緩めた。

「そうですか……でも、そうね。わかりました。リューカーン、ありがとう」

 それへ、リューカーンは『何もしておらん』と返す。

「最後にもう一度触れても良いでしょうか?」

『良い。許そう』

 ナターリエはリューカーンの鱗に触れた。巨大な地竜の鱗は大きくごつごつとしている。

『ちょっと待て』

「え?」

 リューカーンはあまり長くない前足で、自分の鱗の中でも小さいものを二枚爪でひっかけて落とす。サイズとしてはちょうど手の平にすっぽり収まるぐらいのものだ。

「痛くないんですか?」

『痛くない場所のものを取っておる。これを持っていくがよい。リントナーの者よ。これで恩義は返す。そのうち、売るが良い』

「いいのか? ありがとう」

『それから、お前にもやろう。その鱗を見ながら絵でも描けば良い』

「ええっ、本当ですか? まあ、まあ、ありがとうございます!」

『その鱗を持っていれば、そうだな、5年程度になるか。それぐらいは、わたしと会話が出来る』

「ええっ!?」

 驚くヒースとナターリエ。

『こちらから開く必要があるので、そっちから声をかけても無理だが』

 話はよくわからないが、どうやらヒースやナターリエ側から声をかけても仕方がないのだと言うことだ。リューカーンからは話しかけられるようになる、ということらしい。

「よ、よくわかりませんが、ありがとうございます!」

 さすがにそんな情報をナターリエも知らなかったようだ。リューカーンの鱗について、という項が彼女の脳内に生まれたな……とヒースは思った。
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