魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
「それで……ある日……君が、魔獣鑑定士になるという話を、小耳に挟んで」
「は、はい」
「その、父上が、婚約解消はしないと。そうおっしゃっていたことも知って」
「はい」
「だったら、僕が、婚約解消をしてやったらいいと思ったんだ……!」
「ええ?」
めちゃくちゃだ。めちゃくちゃだが、ナターリエはどうにかこうにか話を整理しようと努めた。
ディーンはナターリエとの婚約が嫌ではなかった。なるほど。意地悪をしたのは、婚約者としての立場を変えたいのかなんなのか、その辺ぼんやりしているが、彼も当然意識はしてのことらしい。そして、突然の婚約破棄。
「どうして……」
「だって……お前は、僕のことを好きじゃないだろう……スキル鑑定士でなくなるなら、僕との婚約を破棄したいんだろうと……僕は馬鹿だから、何年も、何年も、お前、違う、君が僕のことを好きじゃないってことをよくわかっていなくて……でも、そんな馬鹿な僕だって、さすがにもうわかる。君は、僕のことが好きではない……」
「そのう、好きではないというか……好きになれるほどの、お話も出来ていなかったので……はい……」
「だから、僕は、君を諦めようと思って……婚約破棄をしたんだ……」
そう言って俯くディーン。しん、と室内が静まり返る。ナターリエはどうしたらいいのかとおろおろするし、ディーンは言うだけ言った、とばかりに黙り込むしで、この辺りが正直「合わない」のかもしれない……そんな風にナターリエは思う。
「あの、ディーン様」
「うん……」
「そのう……こんなことを申し上げてはなんですが……わたしの誕生日に、招待をしても来ていただけなかったのはどうしてでしょうか……」
「ううっ……それは、君が、直接、僕を招待するために来てくれないかと思って……」
一度、誕生日会に招待をしたが、返事がこなかった。だが、ナターリエは「返事をいただけないならば仕方がないわ」と翌年から招待をせずに、家族だけで過ごすことにした。ディーンが思っている以上に、ナターリエはディーンに固執しておらず、何に対しても予想以上にのんびりマイペースに対処をしていただけだったのだが、まさかそれがこんなことになっているとは。
「ディーン様は、そのう、とても、とても、そのう、ちょっと、面倒な方だったのですね……その、悪い意味では、違うわ、悪い意味ですね……」
「わかっている……なんにせよ、君が、今僕と婚約破棄をしたいことも、わかっている」
「んんんん」
はい、そうです、とはさすがに答えらずに、ナターリエは妙な音を口から発した。しかし、ディーンはそれを咎めない。
「だから、これは、僕の罪滅ぼしと言うか。今まで、阿呆なことをして来て、君には十分過ぎるほど呆れられていると思うが……最後に、きちんと婚約破棄を……」
しようと思っている。そう言いたかったのだろうが、ナターリエを見たディーンは、みるみるうちに両眼からぼろぼろと涙を溢れさせた。驚いてナターリエが「ディーン様!?」と叫ぶが、彼の涙は止まらない。
「うう……僕は、君が、好きだったんだ……きっと……うう……」
ナターリエは、静かに息を吐いた。彼への言葉は特にない。ただ、彼女は「ああ、お茶が冷めてしまうわ……」とティーカップの湯面をじっと見つめ、彼が泣き止むのを待つだけだった。心が乱れているのは彼女も同じだったが、王妃から言われた「謝罪を聞いて欲しい」という言葉を心の中で反芻して「ちゃんと聞いたわ。ちゃんと聞いた。これで終わり……」と、己を律する。
本当は、何もなければきっと情けが湧いたのだろうと思う。だって、彼は自分を好きだと言う。形はどうあれ。そして、その形がおかしかったことも今は気付いているのだ。だったら、彼と結婚をしても幸せになれるかもしれない。そう思うことはおかしくない。
だが、今、彼女の心を占める男性が別に現れたのだ。だから、間違えてはいけない。そう思って、静かに彼が泣き止むのを彼女は待った。心が痛んだが、これだけはもう譲れない、と思う。ナターリエは唇を噛み締めたのだった。
「は、はい」
「その、父上が、婚約解消はしないと。そうおっしゃっていたことも知って」
「はい」
「だったら、僕が、婚約解消をしてやったらいいと思ったんだ……!」
「ええ?」
めちゃくちゃだ。めちゃくちゃだが、ナターリエはどうにかこうにか話を整理しようと努めた。
ディーンはナターリエとの婚約が嫌ではなかった。なるほど。意地悪をしたのは、婚約者としての立場を変えたいのかなんなのか、その辺ぼんやりしているが、彼も当然意識はしてのことらしい。そして、突然の婚約破棄。
「どうして……」
「だって……お前は、僕のことを好きじゃないだろう……スキル鑑定士でなくなるなら、僕との婚約を破棄したいんだろうと……僕は馬鹿だから、何年も、何年も、お前、違う、君が僕のことを好きじゃないってことをよくわかっていなくて……でも、そんな馬鹿な僕だって、さすがにもうわかる。君は、僕のことが好きではない……」
「そのう、好きではないというか……好きになれるほどの、お話も出来ていなかったので……はい……」
「だから、僕は、君を諦めようと思って……婚約破棄をしたんだ……」
そう言って俯くディーン。しん、と室内が静まり返る。ナターリエはどうしたらいいのかとおろおろするし、ディーンは言うだけ言った、とばかりに黙り込むしで、この辺りが正直「合わない」のかもしれない……そんな風にナターリエは思う。
「あの、ディーン様」
「うん……」
「そのう……こんなことを申し上げてはなんですが……わたしの誕生日に、招待をしても来ていただけなかったのはどうしてでしょうか……」
「ううっ……それは、君が、直接、僕を招待するために来てくれないかと思って……」
一度、誕生日会に招待をしたが、返事がこなかった。だが、ナターリエは「返事をいただけないならば仕方がないわ」と翌年から招待をせずに、家族だけで過ごすことにした。ディーンが思っている以上に、ナターリエはディーンに固執しておらず、何に対しても予想以上にのんびりマイペースに対処をしていただけだったのだが、まさかそれがこんなことになっているとは。
「ディーン様は、そのう、とても、とても、そのう、ちょっと、面倒な方だったのですね……その、悪い意味では、違うわ、悪い意味ですね……」
「わかっている……なんにせよ、君が、今僕と婚約破棄をしたいことも、わかっている」
「んんんん」
はい、そうです、とはさすがに答えらずに、ナターリエは妙な音を口から発した。しかし、ディーンはそれを咎めない。
「だから、これは、僕の罪滅ぼしと言うか。今まで、阿呆なことをして来て、君には十分過ぎるほど呆れられていると思うが……最後に、きちんと婚約破棄を……」
しようと思っている。そう言いたかったのだろうが、ナターリエを見たディーンは、みるみるうちに両眼からぼろぼろと涙を溢れさせた。驚いてナターリエが「ディーン様!?」と叫ぶが、彼の涙は止まらない。
「うう……僕は、君が、好きだったんだ……きっと……うう……」
ナターリエは、静かに息を吐いた。彼への言葉は特にない。ただ、彼女は「ああ、お茶が冷めてしまうわ……」とティーカップの湯面をじっと見つめ、彼が泣き止むのを待つだけだった。心が乱れているのは彼女も同じだったが、王妃から言われた「謝罪を聞いて欲しい」という言葉を心の中で反芻して「ちゃんと聞いたわ。ちゃんと聞いた。これで終わり……」と、己を律する。
本当は、何もなければきっと情けが湧いたのだろうと思う。だって、彼は自分を好きだと言う。形はどうあれ。そして、その形がおかしかったことも今は気付いているのだ。だったら、彼と結婚をしても幸せになれるかもしれない。そう思うことはおかしくない。
だが、今、彼女の心を占める男性が別に現れたのだ。だから、間違えてはいけない。そう思って、静かに彼が泣き止むのを彼女は待った。心が痛んだが、これだけはもう譲れない、と思う。ナターリエは唇を噛み締めたのだった。