魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
 ヒースは別室でおとなしくナターリエを待っていた。いや、おとなしくではない。心中は煮えくり返るような気持ちだったが、それをどうにかこうにか抑えて、だ。

 婚約をさせられ、それから婚約を破棄させられ。王命ならば仕方がない。仕方がないとはいえ、そして「やっぱりまた婚約を」と言われているのではないかと思えば、腹も立つ。

 だが、何よりもナターリエがそれに心を痛めているだろうことに、彼は腹を立てていた。いや、第二王子だって、ベラレタの話を聞けば、彼は彼で心を痛めていたのかもしれないが……。

(俺は、彼女を傷つける者が許せない、ただそれだけの、狭量な男だ……)

 自分に対して、少しだけ呆れる。しかし、それを「よくない」とは彼は思わない。それが自分の精一杯ならば仕方がない。

(そして、許せないといっても、相手が王族ならば、俺にはどうにも出来ない)

 大きなため息を吐き出す。早く、ナターリエに会いたい。だが、会った時には、話がどういう方向ででもまとまっているのだろうと思えば、少しだけ会いたくない。だが……。

 彼がそうぐるぐると考えていると、扉が開いた。

「お待たせしました」

 少々疲れた様子で、だが、笑みを浮かべてナターリエが入ってきた。その表情からは、何があったのかを読み取ることがヒースは出来ず、不安を隠すことも出来ないまま名前を呼ぶ。

「ナターリエ嬢」
「ようやく終わりました。ありがとうございます」
「え……」
「ディーン様が、陛下を説き伏せてくださって」
「何?」

 ナターリエはヒースにふわりと微笑んだ。

「きちんと、婚約破棄になりました。それから、魔獣鑑定士としてこのまま、まだご一緒することも出来ます」
「!」

 ガタッと椅子から立ち上がり、ヒースは大仰に喜んだ。

「よかった……そうか。よかった……!」
「はい。はい。なので、あのう、明日からも、また、よろしくお願いいたしますね?」
「ああ、こちらこそ……こちらこそ、だ。よろしく」

 ヒースが手を伸ばすと、ナターリエの小さな手が彼の大きな手に包まれる。ぐっと互いに握手をして、微笑み合った。ナターリエはそれ以上のことをヒースには話せなかった。

「わたしも、ディーン様も、お互いに誤解をしていたようで……反省をしました」

 それだけをぽつりとヒースに告げた。彼はあえてその言葉の意味を追求はせず

「そうか……俺も、あなたを誤解しているだろうか?」

 と問いかける。それへ、ナターリエは慌てて首を横に振って「いいえ」と返した。

「それなら、良かった」

 そう言って、ヒースは笑みを浮かべた。彼は、それ以上のことをナターリエに説明を求めなかった。
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