「とりあえず俺に愛されとけば?」




コーヒーの香りが鼻を擽る。いい匂い。その香りになんだかほっとして、けれど向かいに座った佐倉さんを見てすぐに、あ、やらかしたと思った。


コトっと私の前に置かれたマグカップからは湯気が立ち込める。泣き喚いたあげく、社長にコーヒーを淹れてもらうなんて私はどこぞのお嬢様だ。




「……本当にすみません。みっともなく泣いて、コーヒーまで淹れていただいて……」

「泣けって言ったのは俺だし、」

「でも、」

「それにいま泣かなかったらあの男と帰り道一緒で、ずっと笑顔貼り付けたままにして、家に帰ってひとりで泣いてただろ?」




そう言って佐倉さんはもうひとつのマグカップを自分の前に置くと、トレーに一緒に乗っていた桜の刺繍が施された白いハンドタオルを私に差し出した。




「とりあえずこれで目、冷やしておけ。気休め程度かもしれないが」

「え、」

「目、真っ赤。熱持ってるだろ」




眉尻を下げて佐倉さんが何故か悲しそうに笑う。その顔に自分を重ねてしまった。森坂店長を見つめる私もきっとこんな顔してるんだろうな。




「なにから何まですみません……」

「俺に惚れたか?」

「……あ、え、えーと、」

「冗談だろ。いつもみたいにつっかえせよ」




だって、佐倉さんが私に向けてくれる“好き”って気持ちが、からかってるとか、ふざけてるとか、そういうことじゃないって伝わってきてしまうから。



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