旦那様と恋の駆け引きは、1年契約
1話 逃げた新郎、迫る旦那
〇結婚式場 控え室

ウエディングドレスに身を包んだ優依(ゆい)の後ろ姿。
テーブルの上に置かれていた手紙を手に取り、中身を確認。

君和(きみかず)(手紙)『お前とは結婚できない。どうしても結婚したいなら、弟と結婚してくれ』

内容を確認した優依、呆然と呟く。

優依「嘘でしょ……」

優依(花婿に逃げられる花嫁って……)

優依「ないわー……」

頭抱え、手紙を置いてあった机に突っ伏す。

優依(弟と結婚って、秀人(しゅうと)くんと?)

あり得ないと頭を振る。

トントン。

ノック音と共に後方の扉が開き、両親と秀人が登場。

父「優依!君和くんは見つかったのか!」
優依「お父さん……」
母「優依?どうしたの?」
優依「秀人くん……これ……」

手紙を渡す。手紙を読んだ両親は顔を見合わせる。
困惑を隠せない様子。
秀人は優依を安心させるように、優しく微笑む。

秀人「優依。俺と結婚して」

優依(あれ?私を勇気づけてくれるんじゃないの?)

プロポーズを受けた優依、状況を飲み込めない。
君和は決意を込めた眼差しで、優依に言葉を重ねる。

秀人「俺は兄貴のように他所で女を作って、優依を悲しませる真似はしない」

優依(他所で女を作らないって、夫として当然のことだよね……?)

秀人「俺の妻になって」

優依(そっか……。君和、浮気してたんだ……)

君和のことが好きだった優依、心ここにあらずな様子。

優依(結婚するならこの人しかいないと、思ったんだけどな……)

秀人のプロポーズを受けても、君和のことばかり考え返事を返せない。

優依「兄が駄目なら、弟と結婚なんて……。そんな簡単に、切り替えられないよ……」

優依は、悲しそうに眉を伏せる。

秀人「じゃあ、結婚式は中止にするの?」
優依「中止にするしかないよ……。新郎がいないんだから……」
秀人「俺が兄貴の代わりに、新郎になればいいだろ。優依は何の為に、俺がプロポーズをしたと思ってんの?」
優依「でも……。私は君和と結婚するつもりで……」

優依(秀人の気持ちには、答えられない)

秀人の勢いに尻込みする優依。
秀人は逃がすはずもなく、優依を抱き締めると耳元で囁く。

秀人「式場に新郎の名前を間違えられた、可哀想な花嫁か……新郎に逃げられた惨めな花嫁として、参列者に謝罪安行をするなら……どっちがいいかなんて、考えるまでもないだろ」

有無を言わさぬ秀人の言葉に、身体を強張らせる優依。
優依の様子を不審に思う両親へ、優依から身体を離した君和が頭を下げる。

秀人「おじさん、おばさん。兄貴のせいで、優依を悲しませることになって、申し訳ございません」
母「い、いいのよ!君和くんは悪くないじゃない」
父「そうだぞ。君和くんは悪くない。挙式はキャンセルに……」
秀人「結婚式をキャンセルしただけじゃ、済まないですよね。兄貴と優依が暮らすはずだった新居の契約はすでに済ませてありますし、うちの両親は慰謝料を払えるような金銭的余裕がない」
父「しかし、君和くんが代わりに優依と結婚するのは……」
秀人「新居の契約は1年契約だと聞いています。そうだよな?」

難色を示す父親。君和から問い掛けられた優依は、ぎこちなく頷く。

優依「う、うん」
秀人「中止にしても、予定通り式を上げても。式場に支払う金額は変わりませんし、家賃だって一ヶ月は無駄になりますよね」
母「そうねぇ…」
秀人「このまま予定通り、式を挙げましょう。ほとぼりが冷めた頃、離婚すればいい。そうすれば、全てが丸く収まると思いませんか」
父「秀人くんの提案は、名案かもしれないが……」
母「秀人くんなら、年も近いし……安心してうちの子を任せられるけれど……離婚前提の結婚を祝うのは、ちょっとねぇ……」

難色を示す両親。
優依は拳を握りしめ、決意を胸に秘める。

優依(そうだよ。秀人くんが君和の代わりに私と結婚するなんて、ありえない!)

優依が結婚式を中止にしようとする前に、秀人は余裕たっぷりの笑みを浮かべて両親を説得した。

秀人「1年後。優依が俺を好きになれば、婚姻届を提出する。俺を好きにならなければ、参列者に離婚したと報告すればいいじゃないですか」
父「うーん……」
母「悪いのは君和くんで、秀人くんではないもの……」
優依「そんな都合のいい話を、了承できるわけ……」
秀人「俺がそれでいいって言ってんだけど。優依はなんで反対なわけ?惨めな思いをしたいと立候補するなんて、変わってんな」

優依、売り言葉に買い言葉。
カッと顔を赤くして叫ぶ。

優依「誰が好き好んで、惨めな思いをしたいと思うの!?私は惨めな思いなんてしたくない!」
秀人「じゃあ、決まりだな」

秀人、してやったりな顔で笑う。

優依(どうしよう……!君和くんとの結婚、了承しちゃった……!)

優依は内心焦るが、一度口から出した言葉はどうしようもならない。

秀人「いくぞ」
優依「いーーーやーーーー!」

ズルズルと君和に引き摺られ、式場まで連れて行かれる。

〇結婚式場・チャペル

神父「新郎秀人。やめるときも、健やかなるときも。愛し抜くと誓いますか」
秀人「誓います」

秀人、堂々と宣言。

優依(最初から私と結婚するのは自分だったと、全身で言い表しているみたい……)

優依、秀人の横顔に見惚れる。

優依(秀人くんはどうして突然、私と結婚すると言い出したんだろう……)

未だに動揺を隠せない優依。
新郎が秀人なのを疑問に思う。

神父「新婦優依。誓いますか」

ぼんやりしている。神父の言葉を聞いていない。

神父「新婦優依。誓いますか?」

ざわつく参列客。
優依を心配そうに、秀人が見つめる。

秀人「優依。俺と永遠の愛を、誓ってくれないわけ」

優依、秀人から有無を言わさぬ真剣な眼差しに射抜かれる。

優依(秀人くんはずるいなぁ)

参列者の前で拒否できず、視線を逸らして渋々言葉を紡ぐ。

優依「誓い、ます」
神父「では、誓いの口づけを」

優依、神父の言葉を飲み込めず固まる。

優依(く、口づけ……!?私と秀人くんが!?)

驚きで目を見開き、二の句が紡げない優依。

秀人「ははっ。なんだよその顔。可愛すぎ」

その様子を見かねて、腹を抱えて笑う秀人。
優依の顔を隠すヴェールを頭の上へ上げ、顔を近づける。

優依(秀人くんは、君和の代わりをしてるだけ!好きじゃない人と口づけを交わし合うなんて!そんなの駄目だよ……!)

ぎゅっと目を瞑り、拒否したい気持ちを抑えながら胸の前で両手を重ね合わせ、震える優依。
秀人はその様子を見つめ、瞳を細めながら頬に唇を落とした。

秀人「優依が俺のことを好きになるまで、ここはお預け」

秀人は優依の唇に人差し指を触れ合わせると、神父に式を続けるように目線で訴えかけた。

優依(秀人くん、どうしちゃったの……!?)

サッカー好きのスポーツ少年が、いつの間にかスマートな大人の男性に大変身している。
優依はドキドキと胸を高鳴らせながら、頬を抑えた。


〇結婚式場 控室

優依「秀人くん!どういうこと!?」
秀人「何が?」

結婚式終了後、控室の椅子に座ってくつろぐ秀人。
優依は立ったまま、秀人を怒鳴りつける。

優依「どうして君和の代わりに、新郎へ立候補してきたの……!?」
秀人「考えなくてもわかるだろ」

バカにしたように、鼻で笑う秀人。
唇を噛みしめる優依は、首を振る。

優依「わからない。全然わかんないよ……!」

優依は涙を流し、床に座り込んで泣きじゃくる。
秀人、椅子から立ち上がり優依の下へ。

秀人「ほんとに、わかんないわけ?」

顔を上げる優依と見下す秀人が、視線を合わせる。
頷く優依に、秀人は宣言。

秀人「俺が優依を、好きだから」

秀人は真剣な眼差し。
まっすぐと優依の目を見て、その気持ちが嘘ではないことを証明する。

優依(秀人くんが、私を……好き……?)

状況が飲み込めない優依。
秀人の表情が不満そうに歪む。

秀人「兄貴なんかよりもずっと、優依を幸せにできると思ったから、新郎役に立候補した。なんか文句ある?」

驚愕で目を見開き、涙が引っ込む優依。

秀人「これから1年間。優依から愛してもらえるように、たくさんの愛を注ぐから。覚悟して」

秀人は床に座り込む優依を抱き締め、耳元で囁いた。

優依(私、これから一体……どうなっちゃうの!?)
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