源次物語〜未来を生きる君へ〜

第26話〈蛍の光〉

 鹿島での指導は厳しいもので、毎日のように鉄拳という名のムチが飛んできた。

 ヒロが叩かれた所を擦りながら「そういえば、ム〜チをふりふりって歌詞の歌あったよな〜」というので「それ知り合いが作った歌だよ?」と言うと、ヒロと島田くんに「またまた〜」と笑われた。

 坂本くんは夢中で本を読んでいて……

「坂本くん? 何の本、読んでるの?」

「ああ、詩集だよ『誰も知らないある歌』っていう……恋人の涼子に貰ったんだ」

「恋人、涼子さんていうんだね! 写真とかないの?」

「あるよ、いつも胸ポケットに入ってる……ホラ」

「わ〜キレイな人……」

 それから僕達は他愛もない話をして二人とも江戸川散歩先生が好きな事が判明し、益々意気投合した。

「なあ、もしかしたらなんだけど平井って…………いいや、何でもない」

 坂本くんの謎の言葉が気になったが、いつの間にか遠くに移動していたヒロ達に呼ばれてそれ以上聞けなかった。

 島田くんとヒロは気が合うようで、何かコソコソと二人で内緒話をして笑い合っていた。

 僕達が海軍で訓練をしていた頃、陸軍では最も過酷で無謀な戦いと呼ばれた「インパール作戦」が1944年の3月から強引に進められていた。

 イギリス領インド帝国北東部の都市であるインパール攻略を目指した作戦だが、険しい山々を越えなければいけないなど補給に不安があり……
 当初から無謀な作戦であると反対意見が多かったにもかかわらず、反対した者を更迭するなど軍司令官の強引な意見によって十分な準備もないまま作戦は進められた。
 案の定、前線への補給が続かず……
 7月になってようやく作戦中止が決まったが、激しい銃撃戦による戦闘や食料不足などにより、インド国内だけで3万人に上る日本兵が亡くなってしまった。
 撤退路には飢えとマラリアや赤痢などの病で倒れて亡くなった者が多く、食料補給を無視した結果として日本軍で共食いが起こるなど最悪な状況に陥り……
 日本兵の遺体が散らばる退路は「白骨街道」と呼ばれたそうだ。

 そんな大変な事になっているとは露知らず「純子ちゃんに会いたいな」と思っていた夏真っ盛りの頃……
 純子ちゃんから僕達二人宛てに学童疎開についての相談の手紙が来た。

 鹿島に移動になった事は、最後に土浦の食堂に行った時に頼んだ手紙に書いたので純子ちゃんから手紙が来たが……
 以降の手紙の返事は軍事郵便で出すしかなかった。

 幸い検閲は土浦ほど厳しくなく……どうやら8月から浩くんが学童疎開で、ある学院に行くそうで「離れたくない」と泣いているとのことだった。
 驚いたことに偶然その学院が昔からの知り合いが先生をしている所だったので、安心するよう伝えた所……「無事向かった」との返事が来てよかった。

 1944年8月23日には「学徒勤労令・女子挺身勤労令」が公布され、純子ちゃん達女子学徒を含む中学生以上の学生は男女ともに工場等に動員されて学校機能は事実上停止状態となり……
 12歳以上の未婚女性の勤労動員を図るために女子艇身勤労令も公布されていた。

 あっという間に時が過ぎて中間練習機教程を卒業する時期になり、9月28日付けで移動となる実用機教程の配属先が発表されたが……
 ヒロと僕は同じ茨城県の百里原(ひゃくりはら)海軍航空隊の配属になったが、坂本くんと島田くんは大分県の宇佐海軍航空隊の配属になり、別々になってしまった。

 動揺している僕に気付いて何も言わずに肩を組んでくれる坂本くんと、平気そうな振りをしているけれど、どこか寂しそうな島田くんとヒロの四人で最終的に肩を組み……みんなで『蛍の光』の1番を歌った。

「蛍の光、窓の雪〜(ふみ)よむ月日、重ねつつ〜いつしか年も、すぎの戸を〜あけてぞ今朝は、別れゆく〜」

 歌いながら号泣している僕とヒロの横で坂本くんは静かに微笑んで、島田くんは固く目を瞑っていて……最後まで二人らしいなと思った。

「本当は4番まで歌いたいとこやけど、3番は九州と東北で遠く離れていてもっちゅう歌詞やから泣いて歌われへんわ……土浦の卒業の時も歌ったけど、やっぱええ歌やな〜」

「元々はスコットランド民謡で再会を祝う歌うらしいよ? あと新年を祝う時とか」

「不思議な話だな……遠く離れた国の歌が俺達の思い出の歌になるなんて……もしかしたら音楽でなら世界中が繋がれるのかもしれないな」

「坂本……お前中学の時からカッコつけ過ぎなんだよ」

「でも素敵だよ……いつか世界中の人が同じ歌を仲良く歌える日が来るのかな?」

「源次は純粋じゃのう〜俺は寂しゅうて寂しゅうて明日からが心配じゃ」

「いつかまた会える日が来るさ! 平井とした食堂に行く約束やホタルを見る約束もあるだろ? 配置換えで会えるかもしれんし、戦争が終わればまた駅伝が再開できるかもしれんし……その時は篠田、またお前と戦うのを楽しみにしているぞ!」

「おうよ!」

 僕達は固い握手を交わして、それぞれの隊に旅立った。
 約1ヶ月後に「特攻」という命をかけた体当たり攻撃が始まり、自分達もその運命の渦に巻き込まれていくとも知らずに……
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