源次物語〜未来を生きる君へ〜

第40話〈隠していた思い〉

 沖縄では米軍が3月26日に慶良間列島に上陸、4月1日に沖縄本島に約50万人の米軍が上陸し、約3ヶ月に渡り「鉄の暴風」とも呼ばれた凄まじい砲爆撃を受けた。
 宮古島などの離島は空襲や艦砲射撃を受け、補給を絶たれて飢餓やマラリアなどの伝染病に苦しんだ。

 沖縄守備軍は少しでも長く沖縄での戦いで「本土決戦」を遅らせようと、洞窟陣地に立てこもる持久戦を行ったが……
 5月下旬に首里の司令部を捨てて南部へ撤退し、野戦病院などにいた重傷者は置き去りにされた。

 日本軍は兵力不足を補うために中等学校などの10代の生徒まで戦場に動員……
 14歳以上の男子学徒による『鉄血勤皇隊』などの少年兵部隊が組織されたり、女学校や師範学校の生徒も看護要員の『女子学徒隊』として戦場に駆り出され、多くの少年少女が亡くなった。

 米軍は、艦砲射撃・爆撃・火炎放射器などを使って攻撃……
 隠れ場所になった壕では、日本軍によって住民が壕から追い出されたり、泣き声を立てる子どもが殺されたりする痛ましい事件も起こったという。
 日本兵捕虜の殺害、米兵による婦女暴行、それを戒めて民間人を保護しようとする米兵……

 「壕を爆破する前に出てきなさい」というカタコトの米兵の問いかけに、「捕虜は恥だ」「捕虜になるより死を選べ」と教えられていた人たちは壕の中から出て行くことができず……
 濠に爆弾が投げ込まれて、『ひめゆり学徒隊』などの女子学徒隊を含む多くの方が亡くなった。

 他の濠や山や海岸に逃げ込んでも、助けてくれると思っていた日本軍の兵から手榴弾を渡されて集団自決を迫られる絶望……
 人命軽視に疑問を持たず命令を守ることのみに忠実になった者や、未来を諦めた者たちが次々に爆死……
 家族を手に掛ける者、崖から身を投げる者、縄で首を括る者、刃物による出血死……
 追い詰められて絶望した人が次々に自死を選び、家族の名を呼びながら死んでいく……
 本当は誰も……そんな事をしたくなかっただろう。

 6月23日……司令官達の自決によって約3か月に及ぶ日本軍の組織的戦闘は終了したものの、その後も「各自戦え」との命令で個人の戦いは続き、住民の犠牲は9万4000人以上……
 沖縄県民の4人に1人が命を落とし、軍民合わせて約18万人以上の方が亡くなってしまった。

 軍国主義は自国の民間人をも殺し、前途ある若者の未来も奪っていく……
 教育はいかに大事か、身に沁みて分かった。

 7月に入っても全国各地で空襲が続き、7月4日に高知・高松・徳島、七夕である7月7日に千葉・甲府、7月9日に和歌山、7月10日に大阪・仙台……

 7月12日に宇都宮、7月14日に岩手、7月15日に青森・北海道、7月17日に茨城・日立、7月19日に福井に空襲があり、7月25日の大分では小学校に爆弾が投下され児童と教師など127人が死亡した。

 7月26日に日本に無条件降伏を求める「ポツダム宣言」が発表されたが、内閣は「黙殺」……
 同7月26日に山口・松山大空襲、7月28日には愛知・青森……
 そんな日本各地で数えきれない回数の空襲があった7月中旬の事だった。

 ヒロ宛に手紙が届き、それを読んだヒロは膝から崩れ落ちた。

「ヒロ!? どうしたの?」

「高知市の大空襲で、明希子おばさん死んでもうた……前の空襲で播磨屋橋近くの数寄屋橋商店街で働いてたお店の2階に移っとったんやけど……全部燃えて、一緒に死んでしもたって、知り合いの人がくれた手紙に…………どうしよ源次……俺、生みの親も育ての親も、みんな亡くしてしもた……」

 呆然とするヒロを抱き締めようとしたその時……手紙を持った島田くんが飛び込んできた。

「おい、篠田! 本当にありがとう! お前のおかげだよ! 七夕に千葉で空襲があったと聞いてから心配で夜も眠れなかったんだが……母ちゃんも坂本の奥さんも無事だって! 防空壕を出て助かったって……ありがとう……本当にお前のおかげだ! これで心置き無く飛び立てる……」

「えっ?……飛び立てるって?」

「沖縄から出撃する隊に、つてがあってな! 宮古島で合流して7月29日の出撃に飛び入り参加できる事になったんだ!」

「まさか……沖縄で敵とるんか?」

「ああ! 前にお前に話した『龍虎隊』だよ! ここじゃあ暫く編成はなさそうだし、前から決めてたんだ」

「島田……お願いじゃ……俺に譲ってくれ……お前にはまだ母ちゃんがおるやろ? 俺にはもう家族がおらんくなったから、俺の方が適任じゃ」

「どういう事だ?」

「ヒロの育ての親代わりだったおばさんが、この間の高知の空襲で死んだんだ……」

「そ、んな……」

「島田くんも、沖縄で敵をとるってどういう事?」

「こいつの親父と従兄弟……沖縄戦に巻き込まれて死んだんや」

「えっ?」

「なあ、島田お願いだ……分かるやろ? 俺も敵がとりたいんじゃ……」

「悪いがこれは譲れない……これは俺の戦いだ! それに…………何でもない」

 島田くんの決意は固く、7月29日の出撃に間に合うように単独で百里原基地を出発してしまった。
 坂本くんと同じように「読んでから送って欲しい」と手紙を残して……
 坂本くんとは違って相変わらずぶっきらぼうで、初めて見るような清々しい笑顔で……

 渡された封筒には何枚にも渡る手紙が入っていた。
 僕達は一文字一文字確かめるように読んだが……不思議と島田くんの声で再生された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この手紙は俺の最後の手紙だ。
今まで思っていた事が全部書いてあるから、長くなってすまない……


〈母ちゃんへ〉
七夕の空襲で生き残って坂本の奥さんも無事だと聞いて安心した。
本当に嬉しかったよ……生きていてくれてありがとう。

母ちゃんに報告があるんだ。
実は『龍虎隊』の一員として宮古島から出撃する事にした。
俺は「龍」という字が大好きだから、志願した『龍虎隊』になれて嬉しいよ。

なぜ龍が好きかというと……
「龍」は「飛」から成長した、将棋の中で一番強い駒だから。
父ちゃんが好きだった将棋の駒に書かれた「龍」……
他にも理由があるが、それが最初のきっかけだ。

母ちゃんに暴力をふるう父ちゃんは許せないけど、沖縄戦で父ちゃんと従兄弟が死んだ事を知らせる手紙を読んだ時に気付いたよ。
俺は心のどこかで父ちゃんとまた笑って会える日を待っていたのかもしれない……

昔の俺だったら信じられないが、俺がこんな穏やかな気持ちで出撃できるのは、土浦で再会したり新しく出会った同期の仲間達のおかげだ。
物好きな奴らでな……嫌われ者だった俺とずっと一緒にいてくれた。

俺がどんな奴らと一緒にいたか、母ちゃんにも知って欲しいから……そいつらへの思いもこの手紙に書きます。


〈篠田へ〉
お前とは不思議と気が合って……俺の余計な事まで話しちまったが、ずっと言えなかったことがある。
実は俺も坂本龍馬が好きなんだ。
お前が何度も「似てるだろ?」って聞いてくるから癪に障って言えなくなった。
言ったら、お前の事が好きみたいな話になるからな。
因みに龍虎隊の出撃日は、俺の誕生日だ。
誕生日が命日だなんて、坂本龍馬みたいで羨ましいだろ?
お前の明るさは、みんなで見上げた夜空の北極星みたいだった……
高田は指し詰め、その周りを回ってる北斗七星だな。
お前らどんだけ仲が良いんだよ!
きっと、どれだけ時が経っても……心は一緒なんだろうな。


〈高田へ〉
お前はバカみたいに純粋で、自分の事より他人の事にいつも一生懸命で……
俺とは正反対の面白い奴だったよ。
俺はお前に色々な事を教わった。
知識だけじゃなく、人として最も大切なことを……
お前の優しさは、知らず知らずのうちに周りを救っている……俺もそのうちの一人だ。
円の外に行こうとする俺を、円の内側に入れて「希望の星」の一員にしてくれた。
これは篠田も言っていた話だが……
お前は、もっと自信を持て!
自分の凄さに……いい加減、気付け!
大切な人を幸せにする力が、お前にはあるんだから。
俺の最後の機体は「赤トンボ」らしいから、お前の下手くそな歌を思い出して笑って逝くとするよ。


〈平井へ〉
最後は平井……いや、リュウ……
この名前で呼ぶのは久し振りだな。
ずっとお前が羨ましかった。
その名前も、父親から愛されていることも、屈託のない笑顔も……

俺の事をずっと覚えていてくれてありがとう。
「離れてる間ずっと友達だと思ってた」と聞いた時、涙が出そうなくらい嬉しかったよ。
本当は俺も……ずっと忘れてなかった。
忘れるわけないだろ?
お前は嫌われ者の、こんな俺の事を庇って「こいつは僕の親友だ」と言ってくれたんだから……

土浦で再会した時、思ったよ。
やっぱりお前はすごい奴だって……
俺もお前みたいに無我夢中で人を守りたいと思った。

これが最後だから、ずっと言いたかったのに言えなかった言葉を言うよ。

「お前は俺の親友だ」

お前の笑顔には、人を幸せにする力がある。
お前の未来は明るい……絶対、大丈夫だ!
いつか必ず夢を叶えてくれ。

もう一人ずっと伝えたいことがあった奴がいたが……
坂本へのメッセージは向こうで伝えることにするよ。
あいつと一緒にホタルに生まれ変わるのも悪くないと思ってな……


最後に〈母ちゃんへ〉
約束して欲しい事があるんだ。

「絶対幸せになって、100歳まで生きてくれ!」

みんな、お国のためにって言うけれど……
本当は母ちゃんと仲間さえ無事でいてくれたら、日本なんてどうでもいい!
俺もできる事なら母ちゃんや仲間と、ずっと一緒にいたかった!
でも俺より若くて弱っちいのが沖縄で命かけたのに、俺が行かなくてどうするって思った。
大切な人を守れずに死ぬのは絶対に嫌だから、俺は行きます。

坂本の奥さんのこと、よろしくな。
最高のライバルの大切な子供が、絶対無事に生まれますように……
子供が大きくなって絶対幸せになれるように、俺の代わりに助けてやってくれ。

最後の想いを暗号に隠したり、飛び立つ前に辞世の句を読む奴もいるらしいが……俺は文才がないからやめておくよ。

母ちゃん……たくさん迷惑かけてごめんな。
こんな息子で、ごめん。
本当は坂本のように嫁さんでももらって、母ちゃんを安心させたかったが……生憎そんな相手はいなくてな。
でも、俺は幸せだったよ。
母ちゃんの息子として生まれて、最高の仲間に出会えた。

誕生日の日に旅立つを不幸を、お許しください。
それにしても不思議な縁だ……
父ちゃんと母ちゃんの旅先だった宮古島で二人が出会わなければ、俺が生まれることはなかったんだからな。

〈同期へ〉
みんなで見上げた星も、桜色の空も、一面のホタルも、信じられない位キレイだった……
ずっと一緒にいてくれて、ありがとな!
皆の幸せを願っています。

追伸
これが俺の最高の仲間だ!
俺も含めて、みんなアホみたいな顔してるだろ?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 封筒の中には百里原で撮った写真と土浦で撮った写真の2枚が同封されていた。
 珍しく写真を撮ろうと言ったあの時にはもう、覚悟を決めていたのだろうか……

「島田のアホう……あいつ……手紙では、めっちゃ雄弁やんけ……そんなに色々考えとったんなら直接言えや…………平井がトミさん守った話聞いて、何や考え込んでんな〜と思うたら……どんだけ負けず嫌いやねん」

 僕はヒロと肩を寄せ合って泣いた。

「ほんと、最後まで島田くんらしいよね…………ねえヒロ……この手紙、一緒に平井くんに届けに行こうよ…………それで土浦の郵便局からみんなで手紙、一緒に出そうよ……」

「すまん、源次……それは一人で行ってくれ…………俺ちょっと上官の所、行ってくる……」

 ヒロの言葉を聞いて、僕は言いたいことが山程あったが……つらいこと続きなので控えた。

 7月29日、島田くんは宮古島から綺麗な空へ旅立った。
 その日は島田くんの……22歳の誕生日だった。
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