ヴァンパイア少女の話
2名前





 朝のホームルームは、健康診断のお知らせがあっただけで、取り立てて特別な事は何もなかった。

 日直の連絡を聞きながら、晶は机の下で、ヴァンパイアの本を読んでいた。





 一時限目は理科室授業だった。


 移動教室なので座席を確認すると、晶の席は廊下側のテーブルだった。




「間に合ったかー」

「おー、ギリギリ」

「まだ始まんねーな」




 授業開始間際になって廊下に出ていた男子の一団がガヤガヤと教室に入って来た。

 視界が急に影になって、ガタリ、と椅子を引いて晶の前に昴が座った。



 その日はアルコールランプを使う実験だった。

 クラスメート達がランプを取ってしまったので、晶はランプを取れなかった。



 実験をしている友人達に手持ち無沙汰で、晶は前の席に居る昴を盗み見た。




 整った顔立ちにキュッと引き結んだ唇。よく見ると黒い目は透き通って強くてまっすぐで澄んでいて、ヴァンパイアの美しさと少し似ていた。




「西井」



 実験を進めていると、出し抜けに昴が言った。




「お前の名前、ショウって読むの?」

「……うん」

「ふーん」
 



 昴が言った。




「お前、いつも黒い服しか着ないけど、そんなに黒が好きなの?」

「ううん。」

「じゃあ違うの着な。見てて暗い。こっちまで気分が暗くなる。迷惑。」




 昴がランプにフタをして火を消すと、入れ違いに先生が実験を指示した。



「晶、マッチ取って。」



 ふいに昴に名前を呼ばれて、晶はドキっとしたが、黙ってマッチを手渡した。







 自由研究の発表は四時限目で、その日はいつもより教室が静かだという気が晶にはした。

 順番で次に当てられると分かっていたので、晶は写真と資料を準備していた。



「次、西井さん」



 晶は黒板の前に立って、朝顔の成長を発表した。

 晶はヴァンパイアだったが、朝型だった。

 晶の母親と父親は、そんな晶を気味悪がって、手紙も寄越してくれないのだった。



 ぼそぼそと小さな声で発表をする晶に、男子生徒たちは大っぴらに雑談を始めた。



 発表が終わり席につく晶を、頬杖をついた昴が見ていた。







 二十分休みになって、パラパラと生徒が教室を出ていく。

 晶は窓際の自分の席でくらくらしながら日差しを楽しんでいた。



「晶。」



 呼ばれて振り向くと、昴がロッカーに寄りかかって晶を見下ろしていた。




「……」

「お前、花が好きなんだね。花の何が好きなの?。」

「……色とか。」

「ふーん、僕も好き。」




 昴が言った。



「家に玩具のカメラがあって、それを通して見ると花が万華鏡みたいになって見えるんだ。面白いよ。……晶、見て。」



 昴がポケットから青い石を出して晶に渡した。



「ガラスが海に流れると、角がなくなって、まん丸いこういう石になるんだ。今年の僕の自由研究。」



 そう言ってから昴は黙った。

 二人の無言に少しの間流れる、澄んだ不思議な空気。

 昴はちょっと目を細めた後、首を傾げると、いつもと何ら変わらない声で、さらりと言った。



「お前は綺麗だ。」



 虚を突かれた晶に、昴の口元がふ、と歪んで微笑した。



「そのガラスあげるよ。」



 昴が言った。







 昇降口の前庭の花壇に、新しい花が咲いているのに、晶は放課後帰る時間になってから気が付いた。

 通り過ぎていく生徒達から離れて、一人ぽつんと、晶は花を見ながら歩いた。







 家に帰るとやっぱり誰も居なかったが、ポストに琥珀からお茶のボトルが入っていた。

 晶は、リビングのソファで、お茶を飲みながら、昴に貰った青い石を透かして見た。



「……きれい」



 晶は口に出してみた。

 そうするとなんとなく居心地が悪くて、晶は困った。



 晶は青い石を引き出しの大事な物入れにしまった。





 





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