夜空に咲く恋

第十四話 横顔王子

 蒼、朱美、玲奈、女子高生三人のランチタイムで恋の話が続いている。

「あ、蒼ちゃんって……凄いんだね」
「いや、何か自分でもどうしてそうなっちゃったのか? よく分からないんだけど……あはは」

「でもやっぱり良く分からないよ。そんなにモテる蒼ちゃんがどうして颯太なんかの事を?」

「うん、私ね。色んな人から告白されて、その中のある人とお付き合いした事もあるんだ」
「うん……」

「で、せっかく私の事を好きになってくれた彼氏だから、私もその彼氏の事を好きになろう! って頑張ってみたり努力したり……いろいろ悩んだんりしたけど、なかなか上手くいかなくて……」
「そっか……」

「もちろん、相手の彼氏は私の事を好きでいてくれたんだよ。でも、何て言うか……『この人気者の美人が俺の彼女だぜ』みたいに彼女自慢したいっていうか、そういう部分も少し感じられて……それで、その人と付き合う事に疑問を持っちゃってさ。私の事を好きになってくれたその彼氏にしたら、やっと私と彼氏彼女の関係になれたのに、私の向き合い方にも問題があって結局上手くいかなくなってしまったの。その元彼氏には申し訳ない事をしちゃったな……って今でも思ってる」
「うん……」

「何だかね。一方的に好かれるのは凄く嬉しいんだけど、恋人同士の関係になるなら私もその人の事に興味を持って、その人の事を沢山想って、その結果でその人の事をちゃんと好きになって……みたいになりたいって思ってるんだ」

「そっか……あまり沢山の人に言い寄られてしまうと、そういう悩みも出てきちゃうんだね。でも、蒼ちゃんの相手を好きになりたい順番と気持ちは私もよく分かるよ」

「ありがとう、朱美ちゃん。でね、中学の頃、そんな風にちょっと悩んでた時に塾で出会ったのが坂本君なの。私、それまでは気付いてなかったんだけど……私は人付き合いとか友達関係に凄く恵まれていて、いつも周りに誰かが居てくれて、明るくて楽しい人達に囲まれてて……自分から誰かに興味を持つ! ってあまりなかったんだ。あ、でも私は本当に贅沢な環境に居られたんだな……っていうのはちゃんと分かってるつもりだよ」

「うん。蒼ちゃんの周りに明るくて楽しい人達が集まってくるのは当たり前だよ。だって蒼ちゃん自身がこんなに明るくて楽しくて優しい子なんだもん。類は友を呼ぶって言うし。まだ短い付き合いだけど蒼ちゃんは素直で謙虚な子で、そんな事で有頂天にならないって事もちゃんと分かるよ」

「朱美ちゃんっ、ありがとう」
「うんうん、そうやってちゃんと『ありがとう』って言える蒼ちゃんの素直なところ、私好きだよ」

「村上さん、それは私も同感よ。蒼は見た目はズバ抜けて優れているけれど、中身はいたって普通の優しい子」

「ああっ! 朱美ちゃん、玲奈! ありがとうー!!」
「ごめんなさい、話を止めちゃったわね。蒼、続けて」

「えっと……でね、塾の夏期講習で出会ったM中の坂本君。私の隣の席だった坂本君。彼の態度っていうか様子がその時の私にはとっても新鮮に見えたの」
「……と言うと?」

「坂本君ってさ、私から挨拶すれば挨拶を返してくれるけど、坂本君の方からは殆ど挨拶してくれないの」
「ぶっ」

 容易に想像がつく颯太のぶっきらぼうな普段の様子に朱美は吹いてしまう。

「隣に居るのに挨拶もしないって何!? って最初は驚いたんだけど、でも塾で勉強する坂本君は凄く真面目で一生懸命で……その姿勢がカッコよく見えたんだ。私はどっちかって言うと、塾の夏期講習も受験生の楽しいあるあるイベント! みたいに考えてる部分もあったから、真面目に勉強に打ち込む坂本君に浮ついた自分をはっきり否定されてるみたいでさ。そんな部分も坂本君が大人びて見えてしまって興味を持っちゃたのかもね」

「はぁ……そっか。颯太のヤツ、あの時は『俺は塾に勉強しに行ってるんだ』とか言ってたからなぁ。まぁでも、それが颯太の本心である事は間違いないんだけど、まさかその颯太の態度が隣に座っていたこんなに可愛い蒼ちゃんの興味を引いていたなんて……世の中には奇跡っていうのがあるんだね」

 朱美の言葉で蒼の顔がまた熱くなり黙り込む……が、玲奈は蒼が熱くなり固まって黙り込む事を許さない。

「蒼、まだ言ってない大切な事があるでしょ? 村上さんに伝えなさいよ」
「うん? まだ何かあるの? 蒼ちゃん」

「もう、玲奈……その優しさが残酷」
「良いのよ、それを言わなきゃ村上さんも納得できないと思うから」
「……」

 黙り込む蒼の顔を朱美と玲奈が覗き込み、蒼の顔がさらに熱くなる。

「えっとね、朱美ちゃん……」
「うん、何? 蒼ちゃん」

「坂本君なんだけど……」
「うん」

「……坂本君の横顔……私の好みなの」
「ええっ!?」

 蒼から告げられた想定外の言葉に朱美は再び大声で驚く。一方玲奈は、よくぞ言った……と労いの意を込めて机の下で蒼の足をスカート越しにさすり、話をまとめ始める。

「そういう事なのよ村上さん。蒼が中学三年の時の環境、精神状態、中学を離れた塾と言う別世界、坂本君の冷めた態度、隣の席……っていう沢山の大きな要因と、彼の横顔が蒼の好みだった……っていう小さな要因が見事に絡まって……坂本君の横顔は次第に蒼の目を奪う様になっていったの。そしていつの間にか坂本君は蒼の『横顔王子』になったわけ。あ、ちなみに横顔王子と命名したのは私よ」

「そっか……本当に奇跡みたいでびっくり。そんな事って現実に起きるんだね。まぁでも、それを聞いてちょっと納得できたよ。うん、やっとしっくりきた感じがする。見た目の好みは大切だもんね。それにしても颯太の横顔か……ちょっとカッコイイのは分かるかも」

「えっ!? 朱美ちゃんもやっぱりそう思うっ!?」

 朱美の言葉に、蒼はガバッと立ち上がり朱美の両肩を勢いよく揺らす。

「わわっ、ちょっと落ち着いて蒼ちゃん!」
「あっ、ご、ごめんなさい」

「颯太はね、正面から見たら大したこと無いんだけど、うつむいてちょっと下向きになった時の前髪の垂れ具合と、何故か整った横顔の顔立ちの良さだけは分かるよ。中学の時、同級生の間でも『坂本君って横顔だけは奇麗だよね』って言ってる女子もいたしね」
「うん……」

 朱美の言葉で再び蒼の顔が赤くなる。

「あと、こんな事もあったかな。颯太は中学で美術部だったんだけど、卒業式の日に二年生の後輩女子に『第二ボタン下さい』って言われて渡したって。いつも絵を描いてる美術部だもんね。今思えばあれも颯太の横顔にその子が惹かれてたのかもね」

「えええっ!? それって誰!? その女子、もしかしてまだ坂本君の事を狙ってたりする!? ああっ、まさかもう既に坂本君の彼女とかっ!?」
「わわわっ!」

 再び蒼が朱美の両肩を揺らして取り乱す。

「蒼、ちょっと落ち着きなさい! 」
「がはっ! もごごっ!?」

 玲奈は制服のポケットから取り出したうまい棒を蒼の口に突っ込んだ。駄菓子の女、玲奈が行う荒技に朱美はあっけにとられる。

(玲奈ちゃん強引っ!?)

「蒼、後輩から第二ボタンを要求されただけでいきなり彼女と決めつけないで」
「がは……もご、もご、そ、そうだよね、ごめん」

「だ、大丈夫だよ蒼ちゃん。それはないから安心して。颯太に彼女はいないよ。あの時は颯太が言ってたのは確か……」

 朱美は、中学の卒業式を終えて颯太と一緒に帰宅していた時の会話を回想し、蒼と玲奈に話し始めた。
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