帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません

出会い、そして…~芙優side~

手を取って引き上げられ、思わず笑顔で見上げた。その先にあったのは。

切れ長の美しい目元。筋の通った鼻梁。形の良い唇。

彼の茶色い瞳がきらりと光った刹那、車のヘッドライトが全身を照らした。

「あぶない」

引き寄せられて胸に収まると、クラクションを鳴らしながら車のエンジン音が背後を通り過ぎた。

気が付けば横断歩道はすでに赤信号。

「ありがとうございます」

慌てて体を離して頭をさげようとしたけど、片足が裸足ではどうもバランスが取れなくてふらついてしまった。

靴を履こうとすると、不意に体がふわりと宙に浮いた。

「きゃっ」

抱き上げられ、彼の顔を間近に見上げた。見下ろしてくる澄んだ瞳に、吸い込まれてしまいそう。

彼は私を抱いたまま、横断歩道を足早に進んだ。

「あの…下ろしていただけませんか?重いでしょう?」

「はだしで外を歩くつもり?」

頬が触れそうな距離に近づいた。ムスクのように甘やかで、ミントのような爽やかな、嗅いだことのないいい香りがする。

黒い大きな車が、街灯をボンネットに映しながら、音もなく滑るように近づいてきた。後部座席にふわりと乗せられると、柔らかなシートに体がうずもれる。

「八神さん、すぐに靴の手配を」
「はい」

運転席に座った男性が、どこかに電話をかけたあと、エンジンをかけた。車がするりと走り出す。

私の隣に座った彼は、手に持ったままのヒールをまじまじと見つめていた。
足首を掴んで、素足のつま先をもちあげられる。

「足、ちっちゃ…」

「きゃっ」

「こんなに足に合わないものを、どうして穿いてるの」

本当に意味が分からないとでも言うかのように、パンプスと私の足を交互に見る。

「ネットで買うとき、ちゃんと自分のサイズは選んでるんですけど…」

「シューフィッターには?」

「しゅーふぃっ、…えっ?」

私は聞き返した。


私たちを乗せた車はブランドショップが立ち並ぶ大通りを走り、輝くショウウインドウの前で止まった。煌めくガラス窓の向こうに、うっとりするような美しい靴が優雅に佇んでいる。

抱き上げられてたまま、中から開けられた店のドアを通り抜けると、待っていた女性店員が体を折って会釈で迎えてくれる。

「お待ち申し上げておりました」

繊細なシャンデリアがきらびやかな靴たちを美しく照らす店内を、奥へと進んだ。

VIPルームらしき部屋に入り、ソファに座らされると、女性が私の前にかがんだ。

「お靴が壊れたと伺いましたので、既製のものにはなりますが、お嬢様のおみ足にぴったりのものをご用意させていただきますので、ご安心ください」

女性はにっこりとほほ笑んで言うと、私の足を素早く採寸した。

バックヤードに入り、いくつもの靴箱をつぎつぎと運んでくる。

「ありがとう」

彼は女性店員に微笑むと、私の前に片膝をつき、かかとを持って靴を嵌めた。

まるでガラスの靴をフィッティングするシンデレラになった気分。
あまりに現実離れした状況にめまいがしそうになる。

「ああ、ぴったりだ。さすが」
女性店員を振り返って彼が言うと、

「恐れ入ります」
と彼女は微笑んで会釈した。

いくつものパンプスを試したけど、どの靴も形が美しく、ひとつひとつがまるで宝石のよう。自分の収入では到底手が届かない品物だ。こんなに高級な靴は私には買えない。怖くなって私は彼に言った。

「あ、あの、私こんな立派な靴買えま…」

言いかけた時、彼が足元から顔をあげてにっこり微笑んだ。

「これがいいじゃん」

緊張で冷え始めた足先を、ピンクべージュのパテントのハイヒールが包んでいた。ヒールからつま先にかけてのソールの美しい曲線に、うっとりしてしまう。

「なんてきれいな靴…」

手を引かれて立ち上がり、女性店員が引いてきた姿見に全身が映る。立って見てくるっと回って、心が軽くなった。

「うん。いいじゃん」

彼は微笑んで、女性店員にうなずく。
てっきり代金を請求されるのかと思ったら、彼は私の手を引いて店の外に出た。


「あの、代金は」

「そんなの気にしなくていい。俺からのプレゼント」

初めて会った人にこんなに高価なものをプレゼントされるなんて、現実とは思えない。シャンパンの酔いが回って、夢でも見ているんじゃないだろうか。

「あのう、これは夢ですか?」

「えっ?何言ってるの?夢なんかじゃないよ。大丈夫?」

彼はくすぐったそうに笑って、顔を覗き込んでくる。

「これは、俺からの思いやり」

「思いやり、ですか…?」

彼は満足げな様子でうなずくけど、ますます状況が分からなくなった。


「知り合いでもないのにこんなにしていただいて、なんてお礼を言ったらいいのか」

私が言うと、彼はキラキラした目を悪戯っぽく上に向け、顎を指先で触れ、考えるポーズを取った。

「じゃあ、お礼としてこのあと僕と一杯、付き合ってよ。それで、知り合いになればいい」

彼は言って、待機していた車の後部座席のドアを開いた。

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