帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません
「わかりました…。そんなことでいいのなら、お付き合いさせてください」


はっきり言って正体不明。これまで生きてきてであったどんな人ともかけ離れてる。
身なりの割には言葉遣いが不良少年みたいで、ちょっとだけ悪そうな雰囲気もあるけど、かえってそこに親しみやすさを感じてしまう。

背中に手をあてがわれて乗り込むと、車はゆっくりと発進し、立ち並ぶショウウインドウの光を窓に反射させながら、並木道を走りぬけた。



「さっき、泣きそうな顔だったけど、何か嫌なことあったの?」

隣に座った彼に聞かれて、とっさに微笑んで答えた。

「いいえ、大丈夫です」

幼いころからの癖で、誰かと目が合えば、自然に笑顔になってしまう。





───笑ってごらん、気持ちが明るくなるよ

6歳で両親を突然失った私を、そう励まして育ててくれたのが祖母だった。

祖母とのつましい暮らしの中で、ささやかな幸せをみつけては笑いあって過ごした。
笑顔でいれば、辛いことがあっても乗り越えらえるということを、幾度となく実感してきた。
だから笑顔は私にとって、人生の最大の味方なのだ。



不意に、彼の大きな手が、私の頬に近づいて来た。
指先が目尻にそっと触れ、顎に向かって、滑り落ちる。

「ほんとに大丈夫?やっぱこれ、涙のあとじゃん」

そうだ私、横断歩道で転んだ時、自分が情けなくて、寂しくて、泣いていたんだった。

彼の指先が、私の動きを止めてしまった。まるで魔法にかかったみたいに、彼の目の奥を見つめたまま動けない。


きれいな顔が、間近に近づく。

あたたかく、やわらかな唇が触れた。

「んっ…」

事態が呑み込めず硬直する私を前に、彼は申し訳なさそうに少しうつむくと、上目遣いで言った。

「ごめん、なんか可愛くてつい」

艶っぽい視線にめまいを覚える。胸がどきどきとうるさい。呼吸が浅くなって、肩が微かに上下してしまう。頬が熱かった。

再び唇が重なる。電流が走るように甘い衝撃に襲われ、されるがままに手をつなぎ合った。


あたし、なにしてるんだろう。混乱するのに、身体は蕩け切ったように彼に支配されてしまっている。背もたれに体を押し付けられ、甘やかな接吻を受け入れ続けた。

車が止まり、地下駐車場に降りる。磨き上げられた自動ドアの入り口から建物に入り、ふかふかの絨毯が敷かれたエレベーターに乗り込んだ。かすかな弦楽器のBGMが流れる籠のなかで、彼はまた私を壁に押し付けて甘いキスを落とす。

角度を変え、ついばむようにして、ひとつ、またひとつ。

エレベーターは止まることなく最上階に上がった。

ドアが開くと、あまりの衝撃に立っていることもままならない私の肩を抱いて、彼はエレベーターを降り、スイートルームへと続く白い大きな扉を押し開けた。
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