帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません

御曹司の恋~大我side~

ベッドですやすや眠る彼女の可愛らしい寝顔を、俺はいつまでも飽きずに眺めていた。朝日を受けて光る茶色の髪も、白くてなめらかな肌も、天使のように愛くるしい。

こんな感情は初めてだ。彼女のすべてを、俺だけのものにしたい。

視線に気づいたのか、彼女がふと目を開けて、きょろきょろしたあとふんわりと微笑んだ。

彼女の愛らしさと艶っぽさに煽られて、昨夜は名前すら聞く余裕もなく抱いてしまった。

「ねえ…名前は?」
「芙優です」
「俺は、大我」

とっさに俺は、下の名前だけを言った。この子の前では、俺の肩書やバックグラウンドを抜きに、そのままの俺でいたい。そう心から思ったからだ。

芙優は昨夜の激しい交わりを思い出したのか、頬を赤らめて恥ずかしそうに微笑んだ。
この笑顔…どんなものでも柔らかく包み込んでしまうような甘やかで優しい笑顔に、俺はどうしようもなく惹かれてしまっている。

その頬に手を伸ばそうとすると、芙優はシーツを体に巻き付けてベッドからするりと降りた。

「私、お店開けなきゃいけないので、帰ります」
「お店?」
「はい。鯛焼き屋です」

身支度を終えて、一人で帰ると言い張る彼女を、半ば無理やり車に乗せた。
帰り道に悪い虫でも着いたら大変だ。

ホテルの部屋を後にして、八神が出してくれた車に二人で乗り込んだ。

「場所はどのあたり?」
「美丘駅の近くです」
「美丘…」
「知ってます?東京のはずれの地味な商店街があるところです」

しばらくの間、頭が真っ白になった。

知っているも何も、今現在俺の頭の中は、美丘のことで一杯なのだ。

美丘駅周辺の再開発事業は、住民の激しい反対で停滞していた。
反対運動のリーダーは若い女性で、彼女は商店街の一角にある鯛焼き屋の店主…

父から聞いた話と、彼女の素性が、見事に一致した。

なんて偶然なんだろう。よりによって会社に敵対する人を、好きになってしまうなんて。

けれども。

彼女の笑顔、優しいぬくもり、腕の中で蕩け落ちた可憐な肉体。あきらめきれない。何とかして手に入れたい。ほかの誰かのものにしたくない。



「大我さん、大丈夫ですか?気分が悪いの?」

芙優に声をかけられて我に返る。

「いや、大丈夫」

心配そうに眉をひそめていた芙優が、ふわりと可憐にほほ笑えんだだけで、俺の心は軽くなった。きっと大丈夫、そう思えてしまう。

芙優の笑顔には、ちょっとした不安や心配も、一瞬で忘れさせてしまう魔法があるみたいだ。


駅を貫く商店街の手前で、芙優は言った。

「ここでいいです。本当に、ありがとうございました」


俺は外から回ってドアを開け、手を取って彼女を下ろし、そのまま引き寄せて抱きしめた。

「大我さん、離して?近所の人に見られたら恥ずかしい」

腕の中で体をよじる芙優が愛おしくて、さらにぎゅっと抱きしめた。
俺の持ち前の「わからずや」の性格のせいかな…拒まれるほどに、離したくなくなる。

「ねえ、芙優、どうしたら、君を落とせる?」

芙優は間近で俺を見上げた。息が触れ合いそうな距離で見つめあうと、また体がずきずきと芙優が欲しくて疼き出す。

「こんな寂れた商店街の小さな店の経営者と、大我さんとでは釣り合いません。昨夜のことは、なかったことにしますから」

「本当に無かった事にできるの?俺にはできない」

なりふり構わず唇を奪った。芙優は一瞬抵抗を見せたけど、すぐに俺の背中に手を回して、体をぴったりと押し付けてきた。なんてかわいい生き物なんだろう。そう思った瞬間、腕をすり抜けて、芙優は走って行った。



彼女の姿が見えなくなると、運転席から八神が降りてきた。

「彼女はまさに、これから敵対する相手。どうするつもりです」

彼女が姿を消した角をじっと見つめて、俺はしばらくの間そこを動けずにいた。

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