このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「僕たちでデート、しようって?」
「そうよ。婚約者だもの、一緒に出かけましょう」
あわよくばノエルの【なつき度】を上げたいからなんですけど。
ちょっとずつ懐柔していかないと闇落ちしていく彼を止めることはできないだろうし。
あと、荷物持ちとかしてくれたら助かるし。
彼はにっこりと微笑むが。
「悪いけど、忙しいから行けないよ」
と、まあバッサリと断ってきた。
予想はしていたけどね。ノエルが私に関わろうとするのはロアエク先生のことか見張りのためかぐらいだろうし。
「あらそう。残念ね」
作戦は一瞬で失敗した。
あとで原因を調べて改善策を練らないといけないわね。
今回は仕方がないから一人で行こう。
購入した商品はお店の人にお願いすればケットシー宅配便で届けてくれるんだし。
本当は買ってすぐに持って帰りたかったけど。
◇
街――王都まで出てくるといつもわくわくする。
学生時代、オリア魔法学園では月に一度しか街に出ることを許してくれなかったから私たちは滅多に出かけられなくて、街に行ける日は友だちと一日中はしゃいでいたわ。
「やい、小娘! どこに行くつもりだ?」
「生地屋よ。生徒たちに贈るものを作りたいの」
見張りのジルは器用に人ごみの中を歩いて私についてくる。
彼もどこかはしゃいでいるようで、目がきらきらと輝いている。そんな表情は本当に可愛らしくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「記念日でもないのに?」
「毎日が何でもない特別な日なのよ」
「はぁ?」
ジルはいかにも解せぬといった声を上げた。
素知らぬ顔をして歩いていると、急に声をかけられる。振り向いた先にいたのは、カスタニエさんだ。
「ベルクール先生! 買い物に来ていたんですね」
「カスタニエさん、お久しぶりです。先日はお花をありがとうございました。準備室に飾らせていただいています」
実は、助けに駆けつけてくれたお礼を言いに行った時にカスタニエさんから快気祝いのお花を貰ったのだ。
「そうですか、飾っていただけてすごく嬉しいです」
精悍な顔立ちを綻ばせて笑う姿は実に素敵である。
カスタニエさんは本当にいい人だ。
騎士団長を任される剣の腕前に、伯爵家の当主、そして、優しいしイケメンで部下想い。
超超優良物件だと思う。ぜひ幸せになってくださいね。
「なにを買いに来たんですか?」
「生地を見に来たんです。授業に使えそうなものを見つけたくて」
芋ジャージの材料を買いに来ただなんて言えないし、魔法薬学で大量の布を使うだなんて、私自身も聞いたことも見たこともないけど。
淑女スマイルを貼り付けて誤魔化すと、カスタニエさんはなぜかとても感激していて。
「それなら私も同行させてください! 荷物持ちをさせていただけませんか?」
なんて言ってくれる。
この人、詐欺とかに引っかかってしまうんじゃないかしらって不安になってしまう。
ノエルなら私のこのチープな誤魔化しをすぐに見抜いて問い詰めてきそうなのに。
「え、あの、お気持ちは嬉しいのですが」
たしかに荷物持ちが欲しいと思っていたけれど、契約とはいえ、私はもうノエルの婚約者だ。
いくら後ろめたいことはなくとも、彼以外の異性と二人きりでいるのは外聞がよろしくない。
「この国の未来を担う学生たちのお役に立ちたいんですよ」
そう言われたら断れないから、と自分に言い聞かせて、この魅力的な提案を受けることにした。
「ここです」
王都のメインストリートから少し外れた生地屋さんに入ると、可愛らしい老婦人が接客してくれた。
ここは学生時代に文化祭前に来たこともあるお店だ。
「白い生地を少々と、赤い生地を探しているんですけど、お店にあるものを見せていただけますか? 動きやすい服を作りたいんです」
「しばらくお待ちください」
老婦人は下働きの女性に何かを言いつけると、女性はお店の奥に消えて行ってしまった。
「やい、小娘! ご主人様がいるというのに浮気だなんていい度胸だな」
「ジル、浮気だなんてカスタニエさんに失礼でしょう?」
それでも主人に忠実なジルはぷんすこと怒っている。
「ははは、使い魔を婚約者につけるだなんてファビウス卿はあなたを大切に想っていらっしゃるんですね」
カスタニエさんは眉尻を下げつつも優しく微笑む。
勘違いです。
大切に想っているどころか、信用できないから見張っているんです。
そんなことは言えないから笑って誤魔化すしかないんだけど。
「あなたを妻にできるなんて、ファビウス卿は果報者ですね」
「彼にもそう思ってもらえると嬉しいですけど」
なんせ今は、とっても警戒されている。
まずは見張りをなくしてくれるのを目標に【なつき度】を上げていかないといけないわね。
いっきに親密度を上げるイベントとかないのかしら。ここは乙女ゲームの世界だというのに。
前途多難な道のりに、こっそりと溜息をついた。
「そうよ。婚約者だもの、一緒に出かけましょう」
あわよくばノエルの【なつき度】を上げたいからなんですけど。
ちょっとずつ懐柔していかないと闇落ちしていく彼を止めることはできないだろうし。
あと、荷物持ちとかしてくれたら助かるし。
彼はにっこりと微笑むが。
「悪いけど、忙しいから行けないよ」
と、まあバッサリと断ってきた。
予想はしていたけどね。ノエルが私に関わろうとするのはロアエク先生のことか見張りのためかぐらいだろうし。
「あらそう。残念ね」
作戦は一瞬で失敗した。
あとで原因を調べて改善策を練らないといけないわね。
今回は仕方がないから一人で行こう。
購入した商品はお店の人にお願いすればケットシー宅配便で届けてくれるんだし。
本当は買ってすぐに持って帰りたかったけど。
◇
街――王都まで出てくるといつもわくわくする。
学生時代、オリア魔法学園では月に一度しか街に出ることを許してくれなかったから私たちは滅多に出かけられなくて、街に行ける日は友だちと一日中はしゃいでいたわ。
「やい、小娘! どこに行くつもりだ?」
「生地屋よ。生徒たちに贈るものを作りたいの」
見張りのジルは器用に人ごみの中を歩いて私についてくる。
彼もどこかはしゃいでいるようで、目がきらきらと輝いている。そんな表情は本当に可愛らしくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「記念日でもないのに?」
「毎日が何でもない特別な日なのよ」
「はぁ?」
ジルはいかにも解せぬといった声を上げた。
素知らぬ顔をして歩いていると、急に声をかけられる。振り向いた先にいたのは、カスタニエさんだ。
「ベルクール先生! 買い物に来ていたんですね」
「カスタニエさん、お久しぶりです。先日はお花をありがとうございました。準備室に飾らせていただいています」
実は、助けに駆けつけてくれたお礼を言いに行った時にカスタニエさんから快気祝いのお花を貰ったのだ。
「そうですか、飾っていただけてすごく嬉しいです」
精悍な顔立ちを綻ばせて笑う姿は実に素敵である。
カスタニエさんは本当にいい人だ。
騎士団長を任される剣の腕前に、伯爵家の当主、そして、優しいしイケメンで部下想い。
超超優良物件だと思う。ぜひ幸せになってくださいね。
「なにを買いに来たんですか?」
「生地を見に来たんです。授業に使えそうなものを見つけたくて」
芋ジャージの材料を買いに来ただなんて言えないし、魔法薬学で大量の布を使うだなんて、私自身も聞いたことも見たこともないけど。
淑女スマイルを貼り付けて誤魔化すと、カスタニエさんはなぜかとても感激していて。
「それなら私も同行させてください! 荷物持ちをさせていただけませんか?」
なんて言ってくれる。
この人、詐欺とかに引っかかってしまうんじゃないかしらって不安になってしまう。
ノエルなら私のこのチープな誤魔化しをすぐに見抜いて問い詰めてきそうなのに。
「え、あの、お気持ちは嬉しいのですが」
たしかに荷物持ちが欲しいと思っていたけれど、契約とはいえ、私はもうノエルの婚約者だ。
いくら後ろめたいことはなくとも、彼以外の異性と二人きりでいるのは外聞がよろしくない。
「この国の未来を担う学生たちのお役に立ちたいんですよ」
そう言われたら断れないから、と自分に言い聞かせて、この魅力的な提案を受けることにした。
「ここです」
王都のメインストリートから少し外れた生地屋さんに入ると、可愛らしい老婦人が接客してくれた。
ここは学生時代に文化祭前に来たこともあるお店だ。
「白い生地を少々と、赤い生地を探しているんですけど、お店にあるものを見せていただけますか? 動きやすい服を作りたいんです」
「しばらくお待ちください」
老婦人は下働きの女性に何かを言いつけると、女性はお店の奥に消えて行ってしまった。
「やい、小娘! ご主人様がいるというのに浮気だなんていい度胸だな」
「ジル、浮気だなんてカスタニエさんに失礼でしょう?」
それでも主人に忠実なジルはぷんすこと怒っている。
「ははは、使い魔を婚約者につけるだなんてファビウス卿はあなたを大切に想っていらっしゃるんですね」
カスタニエさんは眉尻を下げつつも優しく微笑む。
勘違いです。
大切に想っているどころか、信用できないから見張っているんです。
そんなことは言えないから笑って誤魔化すしかないんだけど。
「あなたを妻にできるなんて、ファビウス卿は果報者ですね」
「彼にもそう思ってもらえると嬉しいですけど」
なんせ今は、とっても警戒されている。
まずは見張りをなくしてくれるのを目標に【なつき度】を上げていかないといけないわね。
いっきに親密度を上げるイベントとかないのかしら。ここは乙女ゲームの世界だというのに。
前途多難な道のりに、こっそりと溜息をついた。