【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
夏季休暇が明けて新学期になった。
初日の今日はホームルームのみのため、授業は午前中で終わる。職員会議も早くに片付いて時間ができたから、明日から授業で使う薬草の具合を見に行くことにした。
温室の前に着くと、中で背の高い人影が動いているのが見える。
「あら? だれかいるわ」
扉を開けて入ると、その人物は赤い長髪を揺らして振り返った。紫紺のローブを身につけた、若い男性。ダルシアクさんだ。
扉を開けた音を聞いて身構えていたダルシアクさんだが、私と認めるや否や、緊張を解く。
「なんだ、あなたでしたか」
「あの、勝手にここに入ってきてその言い方はないでしょう?」
なんだって、なによ。そもそもここは私の庭なんだぞ。
睨んでみるけどダルシアクさんには効き目がなさそうで。
私のことなんて気にも留めず、キョロキョロとあたりを見回している。こんなところでなにを探しているやら。
ノエルのことなら、同僚のダルシアクさんの方が詳しいだろうし。
それにしてもこの人、いまや縦横無尽に学園内をうろついているけどだれも気に留めないわね。もうみんな慣れてしまったのかしら。
私としては、この手下が生徒たちに接触するのが不安でならないんだけど。
けれど、彼は学園長が大好きな官僚様だから、きっと私が物申したところで彼を締め出すことはできないだろう。権力って嫌ね。
「ドルイユさんに会いに来たのなら案内しますが」
さっさと用事を済ませて帰って欲しい。なんて気持ちを隠しつつ滲ませつつ、案内役をかって出てみる。
私が近くにいれば下手なことはできないだろうし、なにより、もし生徒に手を出そうものならすぐに制裁を喰らわせられる。
「そうしてもらえるとありがたいのですが、事情があって動けないんですよ。放っておいてください」
「事情?」
魔術省舎ならいざ知らず、ここオリア魔法学園の中でダルシアクさんにとってのっぴきならない事情ができることはなさそうだけど?
適当にあしらわれているんじゃないかと疑ってしまうわ。ますます怪しくなってきた。
どう問い質してやろうかしらと頭を捻っていると、勢いよく扉が開いて、ウンディーネが入ってきた。
今日もオシャレな街娘の風貌で、上品だけど地味に見えない、センスの良い紺色のスカートを翻してつかつかと大股でやって来る。
驚くことに、ウンディーネは真っ先にダルシアクさんを見て、彼に指を向けた。
「あー! こんなところにいた!」
「くっ」
ダルシアクさんは動揺して体を揺らした。それと同時にいつもの無表情が、ガラッと音を立てて崩れたのだ。
こんなに慌てているダルシアクさんは初めてで、珍しくてついつい凝視してしまう。
すると、逃げようとするダルシアクさんにウンディーネがしがみつく。そんな様子を見ていると、ますます頭が混乱する。一体、なにが起きているのかわからない。
なんだかこの二人、すごく仲が良いように見えるんですけど……。
すっかり状況に追いついていけなくなった私のことなんてお構いなしで、ウンディーネはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さ、ここで会ったが百年目よ。観念して私の話し相手になりなさい!」
宣戦布告されたダルシアクさんはというと、視線を泳がせて反論し始めた。
「偶然会ったら話し相手になると言いましたが、あなたはわざわざ私を探していますよね?」
「御託はいらないわ。それとも、約束を破るつもり?」
意味深な言葉が聞こえて来たけれど、あんまりにも二人が楽しそうに話しているものだから、口を挟めない。
私はお邪魔虫かもしれないわね。
そっと出て行こうとすると、ダルシアクさんに引き留められた。あんまりにも必死に訴えかけられたものだから、しかたがなく足を止める。
どんないきさつがあったのかはわからないが、二人は知り合いになったらしい。
ダルシアクさんはあからさまに嫌そうな顔をしているけど、ウンディーネに腕を掴まれても振り払ったり離そうとはしない。
それどころか、ぐいぐいとウンディーネに押されている様子を見ていると、ダルシアクさんって意外と話しやすい人なのかもしれないと思ってしまう。
いつもの無表情よりいまの顔の方が断然親しみやすいわ。
「ウンディーネ、いつの間にダルシアクさんと知り合いになったのよ?」
「ええ、休みの日にちょっとね」
そのちょっとが気になるんだけど、ウンディーネは教えてくれない。そのまま空いている方の手で私の腕を掴んで、座らせてきた。
「さ、レティシアも聞いて! 私の新しい恋を応援して欲しいの!」
もう新しい恋を見つけたとは、やはりこの友人は恋愛体質だ。
こうして私は、黒幕の手下と一緒にウンディーネの恋バナを聞くことになってしまった。
始めこそ不機嫌な顔をしていたダルシアクさんだが、ウンディーネの話が始まると温室にある椅子に腰掛けてちゃんと話を聞いてあげている。
本当はいい人なんだ、と見直してしまった。
ウンディーネが話している最中、チラとダルシアクさんの顔を見てみると、視線をそらせることなく真っすぐウンディーネの顔を見て話を聞いていて。
その眼差しはこれまでに見たことがないくらい優しそうで、まるで、ウンディーネにほれ込んでいるように見える。が、ウンディーネが話を終えるとあからさまに溜息をついた。
さっきまでとは一転して、態度が悪すぎやしないかい?
「まったくあなたは、どうして学ばないんですか? すでに騙されかけていますよ?」
そして突然、お説教が始まる。ただの悪口ではなくて、ウンディーネのことを心配して言っているみたいだけど、ウンディーネにはその気持ちが伝わっていないようで。
ウンディーネは眦を吊り上げて怒りを露にする。
「そんなことないわ。遠征が終わったらちゃーんと私に会いに来てくれるって言ってくれたもの。最後まで話を聞いてた?!」
「聞いていましたよ。要はその男の言葉を鵜呑みにして大切な精霊の力を使ったんでしょう? いままでの流れと同じなら、もう彼は会いに来ませんよ」
「うるさいわね! そんなことないわよ! きっと来てくれるわ!」
まるでどこぞの少女漫画に出てくる幼馴染たちのようなかけあいが始まる。
生徒たち以上に甘酸っぱい青春を繰り広げている二人を見ると、問わずにはいられない。
休みの間になにが起きた?
初日の今日はホームルームのみのため、授業は午前中で終わる。職員会議も早くに片付いて時間ができたから、明日から授業で使う薬草の具合を見に行くことにした。
温室の前に着くと、中で背の高い人影が動いているのが見える。
「あら? だれかいるわ」
扉を開けて入ると、その人物は赤い長髪を揺らして振り返った。紫紺のローブを身につけた、若い男性。ダルシアクさんだ。
扉を開けた音を聞いて身構えていたダルシアクさんだが、私と認めるや否や、緊張を解く。
「なんだ、あなたでしたか」
「あの、勝手にここに入ってきてその言い方はないでしょう?」
なんだって、なによ。そもそもここは私の庭なんだぞ。
睨んでみるけどダルシアクさんには効き目がなさそうで。
私のことなんて気にも留めず、キョロキョロとあたりを見回している。こんなところでなにを探しているやら。
ノエルのことなら、同僚のダルシアクさんの方が詳しいだろうし。
それにしてもこの人、いまや縦横無尽に学園内をうろついているけどだれも気に留めないわね。もうみんな慣れてしまったのかしら。
私としては、この手下が生徒たちに接触するのが不安でならないんだけど。
けれど、彼は学園長が大好きな官僚様だから、きっと私が物申したところで彼を締め出すことはできないだろう。権力って嫌ね。
「ドルイユさんに会いに来たのなら案内しますが」
さっさと用事を済ませて帰って欲しい。なんて気持ちを隠しつつ滲ませつつ、案内役をかって出てみる。
私が近くにいれば下手なことはできないだろうし、なにより、もし生徒に手を出そうものならすぐに制裁を喰らわせられる。
「そうしてもらえるとありがたいのですが、事情があって動けないんですよ。放っておいてください」
「事情?」
魔術省舎ならいざ知らず、ここオリア魔法学園の中でダルシアクさんにとってのっぴきならない事情ができることはなさそうだけど?
適当にあしらわれているんじゃないかと疑ってしまうわ。ますます怪しくなってきた。
どう問い質してやろうかしらと頭を捻っていると、勢いよく扉が開いて、ウンディーネが入ってきた。
今日もオシャレな街娘の風貌で、上品だけど地味に見えない、センスの良い紺色のスカートを翻してつかつかと大股でやって来る。
驚くことに、ウンディーネは真っ先にダルシアクさんを見て、彼に指を向けた。
「あー! こんなところにいた!」
「くっ」
ダルシアクさんは動揺して体を揺らした。それと同時にいつもの無表情が、ガラッと音を立てて崩れたのだ。
こんなに慌てているダルシアクさんは初めてで、珍しくてついつい凝視してしまう。
すると、逃げようとするダルシアクさんにウンディーネがしがみつく。そんな様子を見ていると、ますます頭が混乱する。一体、なにが起きているのかわからない。
なんだかこの二人、すごく仲が良いように見えるんですけど……。
すっかり状況に追いついていけなくなった私のことなんてお構いなしで、ウンディーネはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さ、ここで会ったが百年目よ。観念して私の話し相手になりなさい!」
宣戦布告されたダルシアクさんはというと、視線を泳がせて反論し始めた。
「偶然会ったら話し相手になると言いましたが、あなたはわざわざ私を探していますよね?」
「御託はいらないわ。それとも、約束を破るつもり?」
意味深な言葉が聞こえて来たけれど、あんまりにも二人が楽しそうに話しているものだから、口を挟めない。
私はお邪魔虫かもしれないわね。
そっと出て行こうとすると、ダルシアクさんに引き留められた。あんまりにも必死に訴えかけられたものだから、しかたがなく足を止める。
どんないきさつがあったのかはわからないが、二人は知り合いになったらしい。
ダルシアクさんはあからさまに嫌そうな顔をしているけど、ウンディーネに腕を掴まれても振り払ったり離そうとはしない。
それどころか、ぐいぐいとウンディーネに押されている様子を見ていると、ダルシアクさんって意外と話しやすい人なのかもしれないと思ってしまう。
いつもの無表情よりいまの顔の方が断然親しみやすいわ。
「ウンディーネ、いつの間にダルシアクさんと知り合いになったのよ?」
「ええ、休みの日にちょっとね」
そのちょっとが気になるんだけど、ウンディーネは教えてくれない。そのまま空いている方の手で私の腕を掴んで、座らせてきた。
「さ、レティシアも聞いて! 私の新しい恋を応援して欲しいの!」
もう新しい恋を見つけたとは、やはりこの友人は恋愛体質だ。
こうして私は、黒幕の手下と一緒にウンディーネの恋バナを聞くことになってしまった。
始めこそ不機嫌な顔をしていたダルシアクさんだが、ウンディーネの話が始まると温室にある椅子に腰掛けてちゃんと話を聞いてあげている。
本当はいい人なんだ、と見直してしまった。
ウンディーネが話している最中、チラとダルシアクさんの顔を見てみると、視線をそらせることなく真っすぐウンディーネの顔を見て話を聞いていて。
その眼差しはこれまでに見たことがないくらい優しそうで、まるで、ウンディーネにほれ込んでいるように見える。が、ウンディーネが話を終えるとあからさまに溜息をついた。
さっきまでとは一転して、態度が悪すぎやしないかい?
「まったくあなたは、どうして学ばないんですか? すでに騙されかけていますよ?」
そして突然、お説教が始まる。ただの悪口ではなくて、ウンディーネのことを心配して言っているみたいだけど、ウンディーネにはその気持ちが伝わっていないようで。
ウンディーネは眦を吊り上げて怒りを露にする。
「そんなことないわ。遠征が終わったらちゃーんと私に会いに来てくれるって言ってくれたもの。最後まで話を聞いてた?!」
「聞いていましたよ。要はその男の言葉を鵜呑みにして大切な精霊の力を使ったんでしょう? いままでの流れと同じなら、もう彼は会いに来ませんよ」
「うるさいわね! そんなことないわよ! きっと来てくれるわ!」
まるでどこぞの少女漫画に出てくる幼馴染たちのようなかけあいが始まる。
生徒たち以上に甘酸っぱい青春を繰り広げている二人を見ると、問わずにはいられない。
休みの間になにが起きた?