このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
   ◇ 

 だれかを探して、【私】はキョロキョロとあたりを見回している。
 教室、カフェテリア、鍛錬場。思いつく限りの場所に行けど見つからなくて、ついに中庭に出た。

 薔薇のアーチをくぐって影になっているベンチの方を見ると、紺色の髪が風に揺れている。近づけば褐色の肌が印象的な男子生徒が眠っていた。

 【私】は彼の頬をつついてみる。

「フレデリク、ファビウス先生が探していたよ。魔術演習場に来なさいだって!」
「ああ、サラか」

 フレデリクは寝惚け眼で起き上がると、布団代わりにしていた上着を羽織る。欠伸をかみ殺して大儀そうに立ち上がる姿は、昼寝から起きた猛獣のようだ。 

「あのね、私もファビウス先生の週末授業でラクリマの湖に行くことになったの! 一緒だね!」
「……そうか」

 浮足立って話す【私】とは違って、フレデリクは沈んだ面持ちになる。
 二人の間に重い空気が流れ始めた。まるでこの話題に触れて欲しくなかったかのような雰囲気に圧されたのか、【私】の話し声は小さくなっていく。

「し、週末楽しみだね」
「そう、だな」

 フレデリクは抑揚なく答えると、そのまま校舎へと戻ってしまう。

「どうしたんだろう……泣きそうな顔してた」

 【私】は彼の背中を見つめ続けた。

   ◇

 またウィザラバの夢を見た。
 もうすぐ始まるであろう、フレデリクのストーリーだ。

 養子のフレデリクは自分が当主の座を継いでもいいのか悩み、決闘で負けたらジラルデ家を出ると心に決めて、その決闘相手を探している。 

 この世界のフレデリクはどうだろう?

 前の進路希望調査ではジラルデ家の当主と騎士になるって書いてたけど、本音はまだ聞けていない。

「おい、小娘」

 ジルの声が聞こえてくる。瞼はまだ重いけど、早く起きないとまた怒られそうだ。
 うっすらと目を開けると、ジルが顔を覗き込んでいて、紫水晶の瞳に寝起きの自分の顔が映っている。

「小娘、大丈夫か?」
「心配してくれるなんて珍しいわね」
「最近、うなされていることが多いぞ」

 軽口を叩いてもいつもの小言が返ってこなくて拍子抜けだ。
 ジルのツンデレからツンの要素を取り除いてしまうほどうなされていたのかしら。

 心配してくれるジルが可愛らしくてニヤニヤしてしまう。

「とーっても怖い夢見たから肉球触らせて欲しいな」

 チラっと上目遣いで見つめると、ジルは眉間に皺を寄せた。

「その様子なら大丈夫そうだな。今日はご主人様の晴れ舞台なんだから念入りに支度しろ」
「くっ、話をそらしたわね」
「つべこべ言ってないで早く動け!」
「はぁ~い」

 小さな見張り役は今日も主人のノエルに忠実で、手強かった。

   ◇

 今日のオリア魔法学園はいつもと違う雰囲気だ。

 どの教室も生徒たちは楽しそうで、一方で教師は緊張している。教室の後ろでは各教科の先生たちが座り、そんな彼らの様子を見守っている。

 今日は公開授業の日。

 毎年この時期は公開授業期間となり、他の科目の先生たちも授業に参加しているのだ。

 そんなわけで私はノエルの授業、魔法応用学に参加している次第でして。
 黒板の前に立つノエルはキラキラとしたオーラを数割増しにしてカリスマ性をいかんなく発揮している。

 すっかり忘れていたけど、以前の彼はずっとこんな感じで、隙がなさすぎて怖かったのよね。

 生徒たちは興味深そうにノエルの話を聞いているし、ノエルが質問をすれば次つぎと意見を述べ始める。良い授業をしている証拠だ。ノエルの天職って、本当は教師なのかもしれない。

「ここで復習しよう。自然界にある力を内なる魔力で引き出して成す奇跡が魔法、その魔法に人為的な技術を加えて成す技が魔術だ」

「「「キャーッ!」」」

「この授業の名前は魔法と書かれているけど、魔法応用学とはすなわち、魔術のことを指している。これは一年生の時に最初に説明したの、覚えているかな?」

「「「キャーッ!」」」

 ノエルが喋るたびに合の手のように黄色い声が上がる。
 アイドルのコンサート会場さながらな授業風景に、教師一同は唖然として見守るしかなかった。

 グーディメル先生に至っては眉間を押さえている。

 ノエル、あなたの授業はいつもこんなフェスみたいなの? 
 なにフェス? 
 魔術フェス?

 心の中でツッコんでいるとノエルと目が合った。
 ノエルの口角がわずかに持ち上がって、心臓が変な音を立てる。

 最近はこんな調子で動悸が激しくなることが多いんだけど、私ももう年なのかしら。
 
 そんなことを考えていると予鈴が鳴って、授業が終わった。
 資料をまとめて教室の外に出ようとすると、フレデリクに呼びとめられる。

「あの、メガネの知り合いに騎士はいませんか?」
「騎士?」
「ええ、一戦だけでもいいんで手合わせして欲しいんです」

 なんてことだ。
 今朝見たのは正夢なのかもしれない。

 それならゲームのようにフレデリクが精霊を怒らせないように気をつけて対応しなきゃいけないわね。

「わかったわ。知り合いに当たってみるから待ってて」

 見つけるまで動くんじゃないぞ、と心の中で念を押す。
 あ、これ、フリになりそうですごく怖いんだけど。

「わかりました。よろしくお願いします」

 フレデリクはホッとした顔になる。
 そんな彼を見ていると、シナリオの足音が近づいてきているような気がして、不安になった。
< 87 / 173 >

この作品をシェア

pagetop