このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「知り合いの騎士、ねぇ。カスタニエさんにお願いしてみようかしら?」

 というよりも、カスタニエさんくらいしか思いつく人がいない。
 そもそも身近にいる騎士の知り合いが彼しかいないのだ。

 すると、ジルが間髪入れず反対してきた。

「止めておけ。被害者になるあの男が不憫だ」
「え? なんで?」
「ポンコツなりに考えることだな」
「言ってくれなきゃわからないわよ」

 どうしてカスタニエさんが被害を被る前提なのかがわからない。
 ジルからすると、それほどフレデリクが強そうということかしら?

「剣の相手ならご主人様に頼め」
「へ?! ノエルに?!」
「そうだ、ご主人様は剣の心得があるからな」
「確かにファビウス家は騎士家だけど、ノエルは騎士じゃないのにいいのかしら?」
「細かいことは考えるな。ご主人様ならよしなにしてくれる」
 
 ノエル愛の強いジルは、準備室に着くまでの間中、延々とノエルを推してきた。

   ◇

 準備室の扉を開けると、ノエルはもう来ていて、妖精たちと話しながら本を読んでいた。
 
「……ノエルの授業っていつもあんな感じなの?」
「いや、今日は公開授業だからみんな張り切ってたみたい」

 なるほど、ノエルの授業を盛り上げようとしていたのか。

「相変わらず人気ね」

 本職じゃないノエルがあんなにも生徒から人気があると少し悔しい。

「そう言えば、ジラルデとなにか話していなかったか?」
「ええ、ちょっと頼み事をされて……」

 ノエルって本当によく見ているわね。教室には生徒も先生もたくさんいたのに。
 そっとノエルの顔を見ると、穴が空きそうなほどじっと見つめてくるものだから肩が跳ねる。
 ノエルなら人の心を読めそうよね。そんな力があってもおかしくなさそうだけど。

 けれど、私はノエルが考えていることを当てることはできない。 
 フレデリクと戦って欲しいと、本当にお願いして大丈夫なのかしらだなんて不安になってしまうのよね。

 あ、でも、拳を交えて築く友情があるように、剣を交えて生徒と心からぶつかれば絆が芽生えて、彼らを陥れようなんて思わなくなるかも。

 いい作戦を思いついたわ。
 その名も、【ファイトで青春☆の大勝利作戦】!

 ノエルには本気で生徒たちに関わってもらわなきゃね!

「ノエル、お願いがあるのよ。こんなこと頼んでいいのか迷ったんだけど……ある人と戦って欲しいの」
「……戦う?」
「ええ、私ではなにもできないから困ってて」
「なにか、されたのか?」
「え?」

 いえ、なにもされてません。強いて言うならお願いされただけですけど。
 ノエルの雰囲気から察するとそういう意味で言ったわけじゃなさそうで。

 綺麗な顔を顰めていると迫力がある。おまけに一気に剣呑な空気が辺りに漂い始めた。

 しかも扉の外から激しい雷鳴が聞こえてくる。
 さっきまで綺麗に晴れていたというのに。

 これ、ノエルの魔法ですよね?

「誰だ? 今すぐに片づけてくる」
「ちょ、ちょっと待ってノエル! 物騒なこと言わないでよ!」

 片づけるって、あれですよね。この世から抹消するってことですよね。ノエルはやっぱり育ちがいいから、こういう時も「殺す」じゃなくて「片づける」って言うのかぁなんて妙に納得してしまう。

 いや、そんな暇なんてないんだけど。
 ノエルが人をひとりは殺せそうな勢いをつけてて怖いんですけど。

「待てるものか。レティシアを傷つける奴は許さない……手を出した奴らはこの世から消す」

 ずいぶんと私に過保護になったものだと感心してしまう。
 いや、そんな暇なんてないんだけど。

「いや、そういうことじゃないのよ」
「それならどういうことだ?」

 肩を掴んでくるノエルの手は震えていて、見つめてくる眼差しは怒りに満ちていて。おまけに外ではバリバリと音を立てて雷が落ちる。

 気圧されそうになりながらも弁明した。

「ジラルデさんの相談事につき合って欲しいのよ。今日はそのことを頼まれたんだけど、私は剣を扱えないし、知り合いの騎士がカスタニエさんくらいしかいないから」
「そ、ういう、こと、か」

 ノエルはしゅーっと音が出そうなほど一気に力が抜けて、そのまま頭を肩に乗せてきた。さらりと髪が当たるのがくすぐったい。

「はやとちりだった……僕はてっきりレティシアが厄介な奴につきまとわれたのかと……」

 なにやらぼそぼそと呟いているが、上手く聞き取れない。

「えっと、お願いできる?」
「……ああ、だからカスタニエ卿には頼まないでくれ。絶対に」
 
 ノエルは力なくそう言うと、溜息をついた。
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