《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

夢の中で知る最後のパズルのピース

 マーゴットからこれまでの夢見の術での体験をすべて聞かされたシルヴィスは、僅かに考え込む素振りを見せた。
 だが迷いはないようで、彼が知るいくつかの事実を開示してきた。

「そうか、魔のことはもう把握していたんだね。……ならメイ王妃のことを話しておこうか」

 シルヴィスが言うには、メイ王妃の問題は元は他国出身の平民なだけだったという。

 ただ、そのせいでダイアン国王との婚姻後も、そしてバルカス王子を出産した後も、平民として生まれ育った彼女は王妃教育をなかなか受け付けなかった。
 このために彼女はカレイド王家を取り巻く周囲からの評判がものすごく悪い。
 それはバルカス王子が4歳頃、とっくに物心ついた頃になっても変わらなかったそうで。

 だから彼女は現在に至るまで名ばかりの王妃に過ぎず、公務を任されることもなければ外交や他国の要人の接待も許されていない。
 ただダイアン国王の寵愛のみが後ろ盾のハリボテの王妃だ。

 そんな彼女が、身に付かないなりに継続されていた王妃教育に嫌気が差して、息子のバルカス王子を連れて侍女たちをまいて逃げていたとき。
 王宮の敷地内の禁足地に足を踏み入れてしまう。

「君も知ってるね? 国王一家のプライベートエリアにある庭園の、一番奥だ」
「ええ。王宮の基礎のある部分だって習ったわ」

 そこへ王妃はバルカス王子と一緒に入り込み、中にあった小さな祠に入ってしまった。

 祠はカレイド王国の建国前にこの地にあった、古い亡国の遺物だ。
 その亡国では王宮の土台部分に生贄の人柱を埋めていた。
 その人柱の念が魔に変じている。始祖のハイエルフも祓いきれず祠に封印するのが精一杯だったと王家に伝わっていたが、王妃は王妃教育で習ったはずのそのことをまったく覚えていなかった。

 王妃とはいえ、自国民でもなく他国の平民だった王妃は、本来なら禁足地にも祠にも入ることはできなかった。
 ところがこのとき、彼女は国王の正しい嫡男バルカス王子を連れていた。それこそが最大の不幸の原因になるとも知らずに。

 禁足地、祠と両方の入口には魔法で封印が掛けられていたが、バルカス王子の中に流れる始祖のハイエルフの血が解除してしまった。

 結果、祠の中に封印されていた魔が解き放たれ、一部がバルカス王子を庇ったメイ王妃の中に入り込んでしまっている。

「一部? なら残りはいったいどこに……」
「現場に駆けつけたダイアン国王がカーナ様を召喚して、何とか抑えつけたそうだ。だが王妃の中に逃げた分まで手が回らなかったと聞いてる」

 当然、カーナは守護者としてダイアン国王に王妃の対処をその場で命じたが、彼はメイ王妃を真実の愛として心の底から愛していたので、何も動けなかった。

 その場での対処とはもちろん、魔の入った王妃を殺して飛び出てくる魔を待ち構えて封印することだ。



「……あまり意外性のない話だわ。その頃から国王陛下はお粗末な対応をしていたのね」

 ただ、少なくとも魔の話だけはもっと早く知っていたかったとマーゴットは思う。

「カレイド王家の目的は、この魔を完全に浄化することだったんだ。ハイエルフの始祖の彼でも無理だった。そこで彼はカレイド王国を他種族の集まる国にして、破魔や退魔の魔力使いが生まれることを期待して永遠の眠りについた」

 マーゴットたちカレイド王族には始祖のハイエルフと中興の祖の女勇者の血と因子が。
 シルヴィスはそれに加えて、魔族なるハイヒューマンの血も受け継いでいる。
 雑草会のメンバーたちも似たり寄ったりだ。



 更に、シルヴィスにはマーゴットへ伝えなければならないことがある。

「君がバルカスに虐げられた話を聞いた上でこれを話すのは酷だと思うけど……バルカスは英雄の素質持ちだ。だから幼い頃でも祠を壊せたし、カーナ様を傷つけることもできたんだ」
「……お父様たちがバルカスをとても気に掛けてたのは、そういうことだったのね。彼は血筋順位は欄外だったけど、英雄になりうる強い力がある、だから乱暴者でも皆が上手く宥めすかして王子として担ぎ上げてたってこと……」

 国王は王妃を抑えるので手一杯。バルカス王子まで手が回らなかった。

 代わりに王弟だったマーゴットの父公爵が、自宅にバルカス王子を留めて、弓祓いの能力で抑制していたのだが。
 夫婦ともに流行り病で急逝して、マーゴットに事情や対策を詳しく伝える時間がなかった。

「でも、シルヴィス。伯父様が王妃様を処罰できなかったとして、じゃあなぜ王宮内や私たちへの魔の悪影響を放置していたの? あなた以外の弓祓いできる術士たちはどこへ行ってしまったの?」

 矢継ぎ早にまくし立てるマーゴットに、シルヴィスは驚いた様子だった。髪と同じ銀に近い灰色の目を瞬かせている。

「ダイアン国王はそれも君に伝えてなかったのか……。僕はてっきり、カーナ様と一緒に来てるから、本国の問題は解決に向かっているのだとばかり」
「ど、どういうこと?」

 まさかまだ隠された事実があるのか。
 そろそろマーゴットも物事の整理が難しくなってきている。

「禁足地の封印は、バルカスが壊してしまった後すぐにカーナ様が抑えたんだ」
「え、ええ。さっきも聞いたわ」
「そのときカーナ様は一角獣の化身の女性形だったから、壊れた封印をその場でやり直すには魔力の性質が適さなかったと聞いている。それで一緒にいた別のハイヒューマンが、魔ごとカーナ様を仮封印したんだ」

 別のハイヒューマンとは?

「神人ジューアだ。カーナ様の古い友人だそうだよ。魔法樹脂の使い手で、魔力で編んだ透明で堅固な樹脂で封印を……」

 カレイド王国の魔の問題は、夢の中の今も、そして現実の8年後でも何も解決していない。

「カーナが封印されてる? 魔を抑えたまま? そんなの初めて聞いたわ」

 ならば学園卒業後、王宮でバルカス王子によって魚切り包丁で斬られたカーナとは、その後、赤ん坊になってマーゴットの私生児として育てている子供はいったい何なのか。

「王宮に戻るわ。シルヴィス、あなたにも来てもらうわよ」

 カーナ本人に確認しなければならない。

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