《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
エピローグ

エピローグ~神人カーナが課した試練

「さあ、人間たち。いい加減にカーナを解放しなさい」

 幼いカーナ(アバター)の手を引いて、神人ジューアがマーゴットたちを促した。
 行き先は神殿だ。

 マーゴット女王は謁見申請の入った二人を神殿へ向かわせるよう侍従を走らせた。

 直近の夢見の中でヴァシレウス大王から魔の受け止め方を学んだマーゴットは、既に覚悟を決めている。

「ジューア様、厄災の封印は今どこにあるのですか?」
「神殿の地下よ。国内の弓祓いの術者たちもすべてそこに集めてある」

 中興の祖の女勇者メルセデスも、師匠の魔術師フリーダヤとともに、いざというときのために神殿で待機しているそうだ。



「マーゴット!」
「シルヴィス……」

 最後に現実で彼と会ったのはマーゴットがまだ子供の頃だ。
 夢見の中でも会っていたが、更に8年が経過している。今、マーゴットは26歳でシルヴィスは34歳だ。

「ふふ。やっぱりシルヴィスは大人になっても、おじさんというよりお兄さんね」

 かつて短く整えられていた銀に近い灰色の髪は、肩辺りまで伸びている。
 同じ色の瞳は変わらない。
 静謐な水のような印象は、より穏やかな雰囲気に落ち着いていた。きっと彼なりに良い経験を積んできたのだろう。

 シルヴィスの隣には、教会司祭の白い装束姿の、長い棒を持った背の高い青年がいる。
 白髪の短髪に銀の瞳。こちらが破邪スキルを持つという聖者ビクトリノだろう。
 陽に焼けた精悍な顔立ちの青年だったが、どこか所在なさげに辺りを見回している。



 大神官の案内で神殿の地下に降りると、広い地下室の空間に設えられた祭壇の上にカーナがいた。

 魔法樹脂の透明な塊の中に、黒髪の優美な顔立ちの少女が小さな壺を抱えて、片膝を立てた姿勢で目を閉じたまま封印されている。

「カーナ……こんな近くにいたなんて」

 地下室の四方と壁際に十数名の弓使いたちが控えていた。
 封印が解けないよう地下室で弓祓いを継続していると聞いた。

「カーナ様は正しくカレイド王国の守護者として役目を果たしてくださいました……この魔が完全に解き放たれていたらその時点でカレイド王国はおしまいだった」

 大神官が苦痛を堪えるように言った。

「今さらだけど、カーナがこうなった当時の話、聞く?」

 神人ジューアの確認に、皆は頷いた。



 およそ22年前、王宮の禁足地に迷い込んだメイ王妃とバルカス王子は、厄災の魔が封じられた祠に入って、バルカス王子が封印を壊してしまった。

「カーナが抱えてるあの小さな壺ね。落とされて蓋の封印が解けてしまった」

 壺の中には、胎児を孕んだまま人柱の生贄にされた聖女の遺骨が収められている。

「事態を知った国王が緊急で永遠の国からカーナを召喚したわけ。知ってるでしょ? 神殿で護摩を焚けば炎を通じてカーナを呼べる」

 状況を見た守護者カーナは、ひとまず暫定処置として、解き放たれた魔の再封印を決めた。
 そこで強固な封印手段の魔法樹脂が使える魔王、神人ジューアを呼び寄せて、神殿の地下で自分ごと魔を仮封印させた。

「王妃に入ってしまった分の魔は、本人が生きているうちは引き剥がせない。だからカーナは魔法樹脂の中から国王に言ったわ」

『ダイアン。残念だけどメイ王妃は諦めなさい』

 王妃は助からないが、彼女との間の息子バルカス王子は無事だ。それで満足せよと。

 しかしダイアン国王は運命の相手と信じる王妃を見捨てられなかった。

『ならば神人カーナがカレイド王家に試練を与える』

「王妃に入った僅かな魔を利用して破魔の準備を整えるようにってね。期限は22年。かつてカーナがカレイド王国の建国の始祖のハイエルフに協力したのと同じ年数だそうよ」

 期限までに、魔を許容できるほど魔力の強い者、覚悟を持てる者を育てるように。

 それは国王自身でも良いし、子供世代でも誰でも良い。

『間に合わなければ魔はオレが滅ぼす。そのときがカレイド王国の滅亡と心得るように』

 その22年後が今年だ。



 ダイアン国王は弟のオズ公爵ラズリスと協議を重ね、マーゴット、バルカス王子、シルヴィスの三人を選定した。
 年齢が比較的近いことから、そのまま男子二人をマーゴットの婚約者候補ともした。

 魔法樹脂の中のカーナに報告すると、カーナはそれぞれに祝福や恩恵を与えた。

 血筋順位一位、オズ公爵令嬢マーゴットには己の分身(アバター)を付けた。
 分身(アバター)はカレイド王国の神殿に封印されるカーナの代わりに通常は永遠の国にいるが、本人が助けを求めるならカレイド王国まで来てマーゴットをサポートする。

 血筋順位の欄外だが、ダイアン国王嫡子のバルカス王子には、聖なる魔力の持ち主と出会う縁を祝福として。

 血筋順位七位のディアーズ伯爵令息シルヴィスには託宣だ。
「如何なる選択も過つことはない。最善を尽くせ」



「ええ、その通りです。私はそれを知らされた上で、マーゴットの父公爵閣下から破魔の手段や術者を探すよう指示されて、カレイド王国を出奔しました」

 だからシルヴィス本人には迷いは一切なかった。
 どれだけ時間がかかっても、必ず最善に辿り着くと信じていられたからだ。
 シルヴィスの慎重さや責任感ある性格なら、預言でもある神人カーナのこの託宣があっても、己への甘えで油断することはなかった。

「……見つかったのが破邪持ちの俺で申し訳ないんだけどよ」

 シルヴィスが連れてきた聖者ビクトリノが頬を掻いている。
 まだ二十歳そこそこの若者だ。元槍兵の教会司祭で聖者に覚醒した人物である。
 破邪が破魔や退魔の下位スキルなのは本人も理解している。
 だが、いないよりはマシだろう。

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