《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

魔を秘すべき理由

「カレイド王国のメイ王妃に憑依した魔は、恐らく吸魔と思われる」

 ヴァシレウス大王が祖先から受け継いできた魔の種類に関する情報はいくつかあるそうで、該当するものは吸魔だという。

「吸血鬼のように他者からありとあらゆる力を奪う種類の魔だ。恐らく今の王妃を人物鑑定スキルで見れば吸魔スキルが発現しているだろうな」

 ヴァシレウス大王によると、吸魔は他者の魔力や良い運気、福徳などありとあらゆるエネルギーを吸収する。
 だからこそ、その魔が猛威をふるった国や場所は衰退していく。

「吸魔の大きな特徴は『優れた者から奪う』だ。被害者はその土地における優れた者たち、だからこそ被害が拡大しやすい」

 逆にいえば、才能に乏しい凡人、ステータスの各値の低い人間はそもそも被害を受けにくい。



「良いか、ここから先は他言無用。伝えるときは、それぞれが己の後継者のみに口伝すること」

 念押しするヴァシレウス大王に、マーゴットもグレイシア王女も神妙な表情で頷いた。

「安易に魔を語り、書物に記せぬ理由がある。こうして話していても気分が悪くなる。魔を意識するだけでも影響があるのが、まずひとつ」

 魔を語る行為そのものが魔を引き寄せかねない。

 話しながらヴァシレウス大王は指を動かして鳴らしたり、引っ張ったりしながら手印のような形を何度も作っている。
 以前グレイシア王女たちが行っていた武術の型の一種らしい。

「ふたつめの理由は、魔の発生の経緯がそのまま、新たな魔の作り方になっているためだ。……この先を聞きたければ、各々が悪用せぬと誓ってもらう必要がある」
「我が身に流れる勇者の血にかけて誓います。おじいさま」

 速攻でグレイシア王女がその場で誓約した。
 マーゴットもカーナと顔を見合わせてから頷いた。

「私もこの身に流れる始祖と女勇者の血にかけて誓約致します。……女勇者から伝わる聖なる魚切り包丁にも誓いましょう」

 ルシウス少年に魔の影響を祓ってもらい、輝きを取り戻した魚切り包丁は、グレイシア王女の手配で職人に革の肩掛けホルダーを作ってもらっていた。
 今回、最上位の要人ヴァシレウス大王との謁見で事前に離宮の騎士たちから離宮滞在中は取り出せないよう取り出し口を封印されてしまったが、今も緑のワンピースの肩から提げて持参している。
 その革のホルダーごとテーブルの上にのせて誓いを示した。



 若き次世代の女王ふたりに頷いて、ヴァシレウス大王は先を続けた。

「円環大陸の歴史において、最初の魔は人間の呪術師たちが人為的に作ったものと言われている。どのように作るのか? ……城や宮殿の建設時に、(いしずえ)となる土台部分に生きた人間を埋めることでもってだ」
「……人柱だ。生きたまま埋めて生贄にする。魔の中でも吸魔は餓死させた生贄が変ずると言われていて……飢えて渇いた生贄の死の寸前の念が、他者から猛烈に『奪う』性質の魔になるんだ」

 カーナが更に詳しく解説した。

「これだけ被害を出すんだ、魔は強烈だろう? この力を国の繁栄に応用する呪術が古の時代にはあったんだ。もう何千年も前に永遠の国が禁止したけど、影響は残っている。……禁呪を伝えている魔力使いの一族もまだ若干残っていてオレたち永遠の国でも把握しきれていない」

 それでも稀に悪用しようとする者や国が出る。
 だが扱いきれないことが多い。魔に関わることで発生する試練をクリアできれば生き延びるし、失敗すれば滅びを迎える。
 近年、王政国家が共和国した例が増えてきているのはそのためだった。

「魔は人為的に作ることができて、呪術としての繁栄法に転用できる。これが魔を表立って語れぬ理由だ」
「魔の影響が、作った術者やそれを使う支配者たち、その子孫に至るまで悪影響を及ぼすと分かっていても、人間はやってしまうんだ。だから知識を知るものを可能な限り限定させていた」

 カーナが言うには、この概要はカレイド王国のダイアン国王にも伝えているそうだ。
 マーゴットにも女王に即位した後で話すつもりだったと言っている。

(待って。ならばなぜ、カレイド王国は的確な対応を取れていないの? ……魔力が充実しても現実のことをすべては思い出せてない……)

 夢見の術を、人間でしかないマーゴットが使っていることの弊害かもしれなかった。
 すべてが完全に思うように進むわけではない。

「……我が国の前王家は邪道に落ちて、生きた人間を黄金に変えて栄華を誇った者たちでしたね。欲望は満たしたかもしれないが、結局は我々の祖先の勇者に滅ぼされている……」

 この話はグレイシア王女も初めて聞くようで、王族として習う王家の歴史と照合して呆然としていた。

 ヴァシレウス大王は椅子に深くもたれかかって、深い溜め息を吐いた。

「今は我がアケロニア王国も公女のカレイド王国も豊かで富んでいる。だが、例えば異常気象や蝗害で作物が取れない年があるかもしれない。伝染病で人口が急減し税収が激減することもあるだろう」
「そういうときにね。どんな聖人君子でも文字通り『魔が差す』ことがあるものなんだ」
「そ、それって」

 ヴァシレウス大王とカーナの言うことの意味を悟って、マーゴットもグレイシア王女も血の気が下がる思いをした。

「そう。どんなに優れた王でも、人格者でも関係ない。魔を利用すると一時凌ぎでも、いつか必ず破綻するとわかっていても繁栄する。良い王ほど民たちの苦しみと邪道に堕すことを天秤にかけて悩むことになる」

 だから、とその後はヴァシレウス大王が続けた。

「どの国でも祓い清めの重要性は広く国民に伝え文化にするが、魔そのものの詳細な解説は行わない。為政者だけが代々口伝などで自戒とともに受け継いでいる」

 もっとも、国の王が堕落してしまえば歯止めが利かなくなるのだが。



「現代では吸魔スキルの持ち主は発見されれば国が管理するものだ。我が国にも若干おるが、すべて国の仕事に就かせて居所を把握しておる」

 国の仕事、即ち影と呼ばれる暗部担当になっている。
 何に用いるかといえば、ハニートラップを駆使するスパイ活動だ。

「魔の影響に常人はまず逆らえない。吸魔スキルの持ち主は諜報活動に打ってつけだ」
「……なるほど、確かにこれは誓約が必要ですね」

 アケロニア王国の先王ヴァシレウスは、大王の名誉称号を授けられるほどの偉人で、長い在位期間中は賢王の誉れ高かった。
 その彼ですら魔や、魔に類するスキル保持者を利用していたと知られたら、国内外が揺れるだろう。

「魔など使わぬと綺麗事を言えれば良いのだが、綺麗事だけで国は治められん。だが、次の世代にこの知識を生かすも殺すもお前たち次第とだけ言っておく」
「……魔を飼って使いこなすには、民主主義の国じゃ無理なんだ。やはり君主の強い権威を持つ王国でないと管理しきれない」

 神人カーナがそう言うのなら、少なくとも永遠の国は、魔の活用をある程度は認めているということだった。



「8年後の現実世界では、まだカレイド王国の前王妃は健在だった。マーゴット公女、現実に戻ったらまずは前王妃を」
「……まずは何をもってしても彼女の魔を封じなければなりませんね。でもそうしたら王妃様は」

 マーゴットは考え込んでしまった。
 もう迷いはほとんどなかったが、魔封じの処置をした後の王妃がどうなるかを考えてみると気が重い。

 王妃の被害者はマーゴットはもちろんだし、無能な国王として国内外で笑われているダイアン国王ももしかしたら。
 バルカスも腕力など身体の力は強かったが勉学はあまり得意ではない。
 王宮の大臣や官僚たちなどにも被害は広がっていることは間違いない。

 メイ王妃はバルカスと同じ輝かんばかりの金髪と青い目の若々しい美女だ。息子を持つ元平民とは思えないほど美しい。
 それが、大量の人々から奪った力の結果なのだとしたら、魔封じを施したとき果たしてどうなるものか。

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