紅色に染まる頃
伊織は少し視線を逸らしてから美紅に尋ねた。

「私があなたを選んだのに?」
「あなたのお相手にふさわしいのはわたくしではありません」

ふっと小さくため息をつくと、伊織は再び顔を上げて切り出した。

「お互い、丁寧な言葉で建前を述べるのはやめましょうか」
「え?」

美紅が小さく首を傾げる。
伊織は射抜くように正面から美紅を見つめた。

「本音を伝えます。何も飾らず、ただ心のままに正直に。美紅さん、私はあなたが好きです」

ハッと美紅が息を呑む。

「どうしてもあなたのことが忘れられませんでした。一緒にいた楽しく充実した日々が恋しくてたまりませんでした。もう一度あなたと一緒に過ごしたい。いえ、この先もずっとあなたと一緒にいたい。そう願ってやみませんでした。あなたの笑顔、優しさ、かっこよさ、凛とした佇まい、美しさ、可愛らしさ、全てが愛おしく、私を切なくさせます。先程はチャンスをくださいなどと言いましたが、本当はあなたを奪ってでも自分のものにしたい」

美紅は、情熱的な伊織の瞳に捉えられて逃げられない。

「あなたを愛しています」

真っ直ぐに告げられて、とうとう美紅の瞳から涙がこぼれ落ちた。
拭ってもすぐにまた新たな涙が溢れてくる。

美紅はぽろぽろと涙をこぼしながら、声を震わせて話し出す。

「私もあなたが大好きです。一緒にいたあの時間はとても幸せでした。マンションのラウンジで、あなたが私を励ましてくれたこと、優しく寄り添ってくれたこと、ずっと心の中に大切にしまいこんでいました。信念を持ってお仕事をするあなたの強さ、頼もしさ、かっこよさに心惹かれていきました。でも、これ以上好きになってはいけないと、無理にあなたのことを忘れようとしていました。そんなこと、出来る訳ないのに」

うつむいて必死に涙を堪える美紅を見て、伊織は立ち上がり、美紅のそばに跪く。
そっと右手で美紅の頬に触れながら、優しくその涙を拭った。

美紅は伊織の手の温もりを感じながら顔を上げる。
そして真っ直ぐに伊織を見つめて告げた。

「私もあなたを愛しています」

涙で大きな瞳を潤ませ、はっきりとそう伝える美紅に、伊織は頷いて微笑みかける。

「必ずあなたを幸せに致します。結婚してください、美紅さん」
「はい。幾久しく、よろしくお願い致します」

声を詰まらせながら健気に言う美紅にふっと頬を緩めてから、伊織は愛おしそうに美紅にささやく。

「君が好きだ、美紅」

美紅の左頬に添えていた右手を耳の後ろに滑らせると、伊織はゆっくりと目を閉じて美紅に優しく口づけた。

唇が触れ合った瞬間、互いの心が切なさにキュッと締めつけられる。

名残惜しむように伊織がそっと唇を離すと、美紅は真っ赤に頬を染めてうつむいた。

「美紅、顔が真っ赤だよ」
「そ、それは、その」
「照れてるの?可愛いね」
「な、な、何を…」

美紅はますます赤くなる。

「美紅。俺はいつの間にかすっかり君の魅力に染められたな」

そう言って伊織はまた美紅にキスをした。
その頬が更に美しく色づくのを感じながら。
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