紅色に染まる頃
第十章 二人で切り拓く道
「は?ホテルではなく宿?客室数はたったの20室ですと?」

手元の資料を見るなり、早速年輩の役員から声が上がった。

「ゼロが一つ足りないのではないですか?お嬢様」
「いいえ、合っております」

毅然と振る舞う美紅を、伊織は少し心配そうに見守る。

小笠原家と組んでから初めての企画会議。
まず自己紹介をした美紅に、役員達は好奇の目を向けた。
世間知らずのお嬢様に、一体何が出来るんだ?
皆の考えはその視線からヒシヒシと伝わってくる。

美紅は全く臆することなく、淡々と説明を始めた。
だが想像通り、何度も話の腰を折られる。

「客室数20なんて、そんなの聞いたこともない」
「本堂リゾートが手掛ける新事業だぞ?それがまさか、そんなにしょぼいなんて。あり得ない話だ」
「お嬢様。本堂リゾートの資料はきちんとお読みくださったのでしょうか?我々が手掛けてきたホテルは、客室20部屋でしたか?」

含み笑いで尋ねる役員に、美紅は真正面から向き合う。

「皆様は既存のホテルと同じものをもう一つ増やしたいだけなのですか?でしたらわたくしはここで失礼致します」

役員たちがウッとひるむ。
そんな中、若い役員が恐る恐る手を挙げて発言した。

「あの、ですが。20室では採算が取れないのではないでしょうか?」
「価格はそれなりに高く設定致します」
「大丈夫でしょうか。お客様は、やはり安い方が良いと思われるのでは…」
「それなら、リーズナブルを売りにしたホテルを選ばれるでしょう。それこそ日本中あちこちにありますから」
「あ、えっと。では高いお金を払ってまで泊まりたいと思ってもらえるでしょうか?」
「思って頂けないなら、本堂リゾートの既存のホテルと同じものになりますね」

辛辣な言葉に、若い役員は返す言葉がなくなる。

美紅は確かめるように役員達を見渡した。

「高いお金を払ってでもここに泊まりたい、泊まって良かったと思って頂ける場所を造り上げていくのではないのですか?ただ高いだけのホテルなら、既に存在しますよね?本堂リゾートと小笠原家が力を合わせて1から取り組む計画は、そんなにつまらないものなのでしょうか」

水を打ったように会議室が静まり返る。

やがて木崎社長がふっと小さく息を洩らしてから美紅を見た。

「失礼致しました。どうぞ続けてください」
「はい」

美紅は頷くと、もう一度資料に沿って説明を始めた。

「京都の東山に、隠れ家のイメージで宿を造ります。敷地は小笠原が所有しているエリア。コンセプトである『贅沢な時間』を感じて頂けるように、お客様に静かで非日常的な空間をご提供致します。造りは数寄屋造り。家具は京都の職人さん手作りのものを取り入れ、飾りも小笠原家が監修致します。客室同士は間隔を広く空け、独立した間取りに。各部屋に源泉掛け流しの檜の内湯と展望露天風呂、どのお部屋からも日本庭園が眺められます。他に茶室も設けてご希望のお客様をおもてなし致します」

もう途中で言葉を挟む者はいない。
誰もが集中して美紅の説明に耳を傾けていた。
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