紅色に染まる頃
マンションに戻ると、伊織は美紅をラウンジに誘った。

パーティーの楽しい余韻に浸りながら、二人で飲み直すことにする。

「幸せそうだったな、紘さんもエレナさんも」
「はい。わたくしもとても嬉しくて。二人が結ばれて本当に良かったです」

困難を乗り越えた二人は、もう二度と互いの手を離したりしないだろう。

(必ず幸せになれる。兄さんもエレナさんも)

ふふっと微笑んで美味しいワインを味わっていると、伊織が尋ねた。

「ハネムーンは、フランスだっけ?」
「ええ。エレナさんのおばあ様に結婚の報告を兼ねて。その後他の国にも足を伸ばすみたいです」
「へえ、いいね。どれくらいの日数?」
「2週間です。あ、それでわたくしがエレナさんの代わりにバーでピアノを弾く日が何日かありまして。お仕事早めに上がってもよろしいでしょうか?」
「もちろん!俺も聴きに行っていい?」
「え、あ、はい。なるべく遠くの席にお座り頂ければ幸いに存じます」
「あはは!何それ」

伊織がおかしそうに笑う。
苦笑いした美紅は、ふと思い出して伊織に切り出した。

「そういえば本堂様。ずっとエレナさんのお父様とお話されてましたよね?」
「そうなんだ。共通の知り合いの話をね」
「共通のお知り合いがいらっしゃるのですか?」
「ああ。実は本堂グループのフランス支社に勤める日本人従業員のことで、在仏日本大使館の方にお世話になっていてね。その人達のことを話してたんだ」
「そうでしたか。本堂様は交友関係がとても広いのですね」
「いや、別にそういう訳じゃないけど…」

そこまで言うと、伊織は急に口を閉ざしてじっと美紅を見つめる。

どうかしたのかしら?と美紅が首を傾げた時、ふいに伊織が右手を伸ばして美紅の首筋に触れた。

え…と美紅は思わず身体を後ろに引く。

「動かないで、じっとして」

伊織の言葉に美紅は身体をこわばらせる。

(い、一体何を…)

伊織は美紅に顔を近づけ、右手で美紅の首の後ろに手を添えた。

美紅の頭の中が真っ白になる。
伊織はゆっくりと顔を傾けて、更に美紅に顔を寄せていく。

息を詰めて思わず目をつむると、伊織は美紅の首を支えながら髪の中に手を潜らせた。

(ヒー!やられる!わたくしとしたことが…。む、無念)

美紅が妙な覚悟を決めると、ほら、という声がして伊織が離れた。

え?と美紅は目を開ける。
伊織が手のひらを差し出していた。

「桜の花びら」
「は?え…、あっ!」

髪に花びらが付いていたのを取ってくれたらしい、と気づいた途端、美紅は一気に顔を赤くした。

「ん?どうしたの?顔が真っ赤だけど」
「あ、いえ。いつもこういう顔です」
「ほんと?そんなに赤かったっけ?あ、でもそうだな。美しくて頬が紅色に染まっていて、君の名前にぴったりだね」

微笑みながら顔を覗き込まれ、美紅は更に顔を赤らめてうつむいた。
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