夢幻の溺愛

にやついた可愛らしい女の子達が視界の端に映る。



「ねえ、一條(いちじょう)それ教室まで持ってきてね!」



クラスの女王様枠にいる、一際顔が整っていてメイクも濃い芽亜莉(めあり)さんが通学鞄をこちらに放り投げてくる。

それに倣うように、他の女の子達もきゃはは、ひっどーぉい、と言いあいながらも鞄をぽいぽいと下駄箱のすのこに座りこんだわたしの上に置いていく。

なんで、酷いと言いながらも同じ行為をするのかな?と疑問に思いつつ、去っていく彼女達の背中を見送る。



「よいしょっと…」



重い腰を上げ、わたしの紫色の定期が付いた黒いリュックに加えて、ぬいぐるみやそういうものたちが、靴の生地が見えないほどに付けられていても特に重さを感じない、不思議な鞄達を背負ったり腕にぶら下げたりして歩き出す。

からっぽなそれらは重さこそないが、とにかく量が多い。



「はぁ…朝からめんどくさいな… 」



少々鬱陶(うざ)ったらしくはあれど、わたしはこれをしないとさらにいじめのグレードが上がることがわかりきっている。

今のまま行けば、朝登校した時に机にいたずら書きがしてあって、その上に白菊の生けられた花瓶が置いてあるなんてこともないのだ。



(うん、それでいい。きっと、それでいい…)



明日もきっと、荷物持ちなんかをやらされるだろう。

でもそれさえ(しの)げば、「普段」が待っているはず… 自由に好きな人と組む班などではいつも余り役で、 クラスで起きた揉め事では濡れ衣を着せられ続ける惨めで退屈な「普段」が。



(あぁ、こんなことばかり考えてるから根暗なんて言われてしまうんだ)



ようやっと教室に着いたわたしを出迎えるようにチャイムの音が鳴り、薄笑いを浮かべた獣たち(芽亜莉さんたち)がもう、おっそーい!遅刻だよ!と声をかけてくる。

物語の中の可愛い顔をしたお姫様たちは、素敵な王子様に迎えに来てもらえるのにな。

いつかはわたしにも笑顔を浮かべながら手を差し出してくれる人が現れるのだろうか。



(でも遅すぎるよ、もうわたしはこの現状に耐えられない。いっそ、もう全て投げ出してぱーっと逃げ出してしまいたいな。ああ、でもそんなこと叶わないってわかってる。まあでも__人生なんてこんなもんか)



ひっつめ髪にした中年の女性数学教師のヒステリックな皆さん座ってください!という叫び声を聞きながら、芽亜莉さんたちの重い鞄をずっと持っていた痺れがまだ残る指先でぱらぱらと教科書を繰っていく。
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