怜悧な御曹司は秘めた激情で政略花嫁に愛を刻む

10・永遠の愛を誓います

 8月某日、都内でも老舗として名高い高級ホテルの控え室で、緊張で身を硬くしていた詩織はノックの音に振り替えった。
 見ると、戸口に控えていた女性スタッフが薄く扉を開き、来訪者と短く言葉を交わしている。
 そんな彼女が大きく扉を開くと、満面の笑みを浮かべた里実が部屋に入ってきた。
「詩織ちゃん、綺麗っ!」
 部屋に入ってくるなり両手を組み合わせて感嘆の声を漏らす里実は、そのまま小走りにこちらに駆け寄ると、
「あ、結婚おめでとう」
と、思い出したように祝福の言葉をくれる。
 そんな里実の言葉に、詩織は表情をほころばせてお礼を言う。
「ありがとう」
 その間も、里実は立ち位置を変えながら詩織の姿をくまなく確認していく。
 里実の動きを目で追いかければ、自然と鏡に目が行く。
 そこには純白のウエディングドレスに身を包み椅子に腰掛ける自分の姿が映し出されている。
「ちょっと照れるけど……」
 鏡越しに里実と目が合った詩織は、照れくさそうに笑う。
 肩まで開いたドレスは、ウエストが絞られ、トレーンタイプの裾がふわりと広がっている。
 その裾を踏まないよ注意しながら詩織の周りを動き回っていた里実は、鏡越しに詩織の顔を見てパチパチと拍手を送ってくれる。
 その屈託のない笑顔に、さっきまでの緊張が一気に緩む。
「詩織ちゃん、緊張してたの? 旦那さんと一年くらい一緒に暮らしてるし、ラブラブなんだから、緊張する必要ないでしょ」
 詩織の表情の変化でそれを感じ取ったのか、里実がそうからかってくる。
 去年の十月に静原が巻き起こした一連の騒動が切っ掛けとなり、詩織は職場を去ることとなった。
 とはいえすぐに仕事を辞めたわけではなく、引き継ぎなどの関係もあって去年末までは働いていて、その後も里実とは合っていたので、貴也と暮らしていることは話してある。それに里実は、二人が暮らすマンションに遊びに来たこともあるので、仲の良さは承知しているのだ。
 悠介に無理を言って貴也と強引な見合いをしてから五年、既に一緒に暮らしているし、二人の関係は両家の家族も認めてくれているので、今日の結婚式は形式的なものにすぎない。
「そうなんだけど、やっぱりこういうのは緊張するよ」
 詩織のその言葉に、里実は、まあ確かに……と頷く。
「SAGA精機の御曹司と神崎テクノのご令嬢の結婚式っていうだけあって、来賓の顔ぶれがすごいもんね。本当に私が参加してもいいのかな? って思うもん」
 確かに、両家の付き合いのある企業関係の人も多く参列してくれる結婚式は、そうそうたる顔ぶれなので、緊張はする。
 でもそれだけじゃない。
 今日、貴也と挙式を挙げるこのホテルは、彼と詩織が出会った場所なのだ。
 二人の五年分の歴史を踏まえて、このホテルで式を挙げようと言いだしたのは貴也の方だ。
 詩織としても、その意見に依存はない。
 ひとしきりの祝福の言葉をくれた里実が「じゃあ、そろそろ」と部屋を出て行こうとしたとき、再びノックの音が響き、悠介が顔を出す。
「お、馬子にも衣装」
 祝福というより、気心の知れた従兄として茶化してくる悠介は、貴也の部屋にも顔を出してくると言って里実と一緒に部屋を出て行く。
 そんな二人が、さりげなく目配せをしているのを見て、詩織はクスリと笑う。
 貴也の友人でもある悠介は、詩織と貴也が暮らすマンションに遊びに来た際に里実と出会った。
 それを切っ掛けに、二人がいい感じになっているような気はしていたけど、その勘は当たっていたらしい。
 詩織の素性を知り一応は驚いた里実だが、「別にそれで詩織ちゃんが知らない人になったわけじゃないし」と、それ以前と変わらぬ距離感で接してくれる里実が、悠介と結婚してくれたらいいのにな……
 そんなことを思いながら、詩織は小さく手を振って二人を見送った。

  里実と悠介を見送った詩織は、その後、ホテルスタッフの案内を受けて、結婚式場へと移動をした。
 そして大きな扉の前で、合流した篤とその時を待っていた。
「お時間です」
 かたわらに控えていた式場のスタッフが、二人にそう声をかけると、一呼吸間を置いて左右に扉を開く。
 扉の内側には、祭壇へとバージンロード伸びている。
 その中へと腕を組んだ詩織と篤が脚を踏み入れると、それを合図に、壮大なパイプオルガンが局を奏で始める。
 司祭の前では、はにかんだ笑顔を浮かべる貴也が自分の到着を待ってくれている。
 最初彼に結婚を申し込んだ時には、彼が自分にこんな表情を向けてくれる日が来るなんて思ってもいなかった。
 それを見れば、この五年が二人には必要な時間だったのだとわかる。
「幸せにな」
 腕を組む篤が、目を潤ませて呟く。
 周囲に視線を巡らせれば、貴也の両親や、母の牧子、悠介と並んで拍手をくれる里実の姿も見える。
 この幸せに辿り着くまでの日々が、詩織を成長させてくれたのだと実感できる。
「ありがとう」
 産んでくれて、育ててくれて、彼と出会う運命を与えてくれて……そんな全てに感謝をして、詩織はこれまでの歴史を踏みしめるように、彼の待つ祭壇に歩みを進めていく。
「愛してる。一生俺から離れないで」
「はい」
 そして祭壇を上り、自分へと向けられている貴也の手を取った。
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