なぜか御曹司にロックオンされて、毎日ドキドキと幸せが止まりません!

ピンチ! 紅月家!

「すまない!」

 老舗下町印刷会社と八畳一間の茶の間とが引き戸ひとつで続く、昔ながらの家屋を持つ紅月家。
 その茶の間のど真ん中に置かれた存在感ある木目調のダークブラウンの卓を挟み、私の両親は――とくに父は、大きく項垂れるようにきらりへ頭を下げた。


「えっと……」
 戸惑いを隠せない私、紅月(こうづき)きらりは、祖父の代から父と二代に渡って続く地元に根付いた老舗紅月印刷会社の長女で、現在二十四歳だ。

 下にはまだ育ち盛りの高校生の妹と、中学生の弟がいて、二年前にきらりは近場の大学を卒業したが、まだ当面は学費がたくさんかかりそうなことは明白で。
 けれど、まさかそこまでうちの家計が火の車だとは思ってもみなかったのだ。


「店が倒産、寸前なんだ」
 まだ五十手前だというのに、このところ一気に白髪やシワが増え、だいぶ老け込んだなと父のことを心配していた矢先の告白だった。

「うそ」
 大きく私は目を見開く。

「うそじゃないの」
 いつも来客があるからと身綺麗にしている母は、めずらしく化粧っ気のない青ざめた顔で、肩を震わせながら父の言葉を追随する。

「銀行からの融資をしてもらえないと印刷会社は続けられないどころか、借金の返済も滞ってしまって……」
「えっ! 借金まであったの?」
 母の言葉を受けて、思わず私は大声を上げてしまう。


 その瞬間、父が「しっ!」と唇に人差し指を立てて、二階の子ども部屋へ続く戸のほうをちらりと振り返った。
 それからすぐさま私のほうへ向き直ると、声を潜めて言い出しにくそうに喋り出す。

 いつの間に借金を? と思ったが思えば昨年、父は最新機器を工場に導入したって言ってたけど、もしかしてあのときに……。


「申し訳ないけれど、あかりとひかるにはまだこのことは話してないんだ。できればあの子たちには、できる限り知られないようにしたい。悪いけれど、きらり……協力してくれないだろうか」
 すまない、と最後に付け加えた父は、畳のふちに額を擦りつけ娘の私の前で土下座をはじめた。

「やだ、お父さん……やめてよ! 頭を上げてよ!」
 こんなにも弱々しい、憔悴しきった父を見るのは初めてだ。
 つられて動揺してしまった私は、咄嗟に膝をついたまま父の前まで歩み寄る。摩擦でささくれだった畳が、ストッキングをはいた私の膝に擦れて熱い。伝線してるかも。

 けれど、そんなことが気にならないほど、私は父のことを。
 二十四年間、私を育ててくれた印刷会社のことを。
 それからまだ学生二人を抱えた紅月家の行く末を、どうしようかと案じたのである。
 紅月家の長女として。

「いいや、上げられない。だって、きらりにはこれから玉の輿に乗ってもらうために、お見合いパーティーに参加してもらうんだから」
 苦し紛れ父が投下した爆弾発言を聞くまでは――。

 
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