絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

「誰が……! お前、を……!」
「いけません、旦那さま……!」
「絢子お嬢様っ……」
「おい、旦那さまをお止めしろ!」

 腕を振り上げた匠一が一歩踏み出した瞬間、控えていた使用人たちもさすがに『まずい』と感じたらしい。身長はそれほど高くないが、恰幅の良い匠一に再度殴られれば絢子が危険だと感じたのか、それとも〝桜城建設グループ〟の社長がその令嬢に暴力を振るって怪我をさせたと表沙汰になることを恐れたのか、使用人たちの動きは存外に素早かった。

 それまで壁際で事態を見守っていた男性の使用人が数人、匠一に駆け寄り服や肩を押さえつける。だが他人から行動を律されたことで自分が間違っていると指摘された気になったのか、匠一がますます激しい動きで暴れ始め使用人たちの腕を振り払う。

「ええい、やめろっ! 邪魔するなッ!」

 がむしゃらに腕を振って両脇にしがみつく使用人を振りほどこうとする。血圧が急上昇しているのかその顔面は真っ赤に染まり、ここ数年でやや後退し始めて面積が広くなった額にも、形がくっきりわかるほど血管が浮かんでいる。

「離せっ……離せ! 絢子は俺の……俺と香純の娘のはずなんだ……っ!」
「旦那さま!」
「絢子お嬢様、こちらへ……!」

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