絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 成人を迎え、卒業論文の課程も修め、あとは卒業を待つばかりではあるが、現在の絢子は一応大学生の身だ。親の庇護下にある以上すぐに家を追い出されることはないだろう――と考える暇もなく父に頬を叩かれ、あの場にいた百合恵にも澄ました顔で暴力を見過ごされ、彼女たちの娘である燈子からは追い出されてしまった。

(お母さま……どうしてお父さまを裏切って、浮気なんてしたの?)

 ふと燈子に『不倫した最低女の娘』と罵られたことを思い出す。

 絢子の中に香純の記憶はほとんど存在しない。だが桜城家に長く仕える小夜から『心が清らかで誰にでも分け隔てなく優しい人だった』と聞いていたので、まさか父を裏切って不貞を働くような女性だとは想像もしていなかった。当然、自分が不義の果てに生まれた子だとも思っていなかった。

 だが現実として、父親だと思っていた人と血縁関係がなかった。その事実が科学的根拠を元に示された以上、あの家に絢子の居場所はない。あのままあの家にいたとして、生活や安全が保証される根拠もない。衝動のまま絢子を殴る狂気じみた匠一の姿を見れば、尚更にそう思う。

 衝撃的な展開の連続はあまりにリアリティがない。そのせいか、つい思考が現実から逃避する。

「もうすぐクリスマスかぁ」

 駅前広場に設置された巨大な人口樹木には淡い色の電飾や赤いリボンが飾られ、そのイルミネーションが行き交う人々を普段以上に明るく照らしている。

< 9 / 66 >

この作品をシェア

pagetop