婚約破棄直後の悪役令嬢と入れ替わってしまったヒロインの話

 ヒステリックヒロインモードが始まってしまい、泣き始めたらもうどうしようもならない。
 デザイナーも茫然と夫人を見ている。困ったな……。

「わかりました。最初にお母様が提案して下さったドレスにしましょう。私、あれが気に入りましたから」
「本当!?」

 涙を浮かべたまま夫人は笑顔になり、最初に描いてもらったデザイン画のお気に入りポイントを語り始めた。

「やっぱりフレイヤにはロイヤルブルーが似合うと思うのよ。花に見立てたスパンコールをもっとつけてもいいわね」

 あまりの豹変ぶりにデザイナーは呆然としているけど、私と目が合うと気まずそうに笑顔を見せてくれる。「なんとかなったね」と目で通じ合っていると、玄関ホールからドガッと何かを蹴る音が聞こえた。
 ああ、公爵が帰ってきた。しかも機嫌がだいぶ悪そうだ。足音はこちらに向かってくる。

「くそっ!」

 予想通り、荒げた大声を出して公爵が部屋に入ってきた。散乱したデザイン画を見て彼は顔を真っ赤にして怒鳴り始める。

「なんのためのドレスを作るんだ! 誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ!」

 何の罪もないのに当たり散らされる理不尽さをなんとか飲み込む。目の前で少女のように笑っていた夫人は、公爵が入ってきた途端に顔から表情をなくした。

 聞こえないようにしていても男性の怒鳴り声というのは不快だ。
 さっさとデザイナーを帰してあげて、私も理由をつけて自室に戻ろうと立ち上がったところで、公爵は私を睨みつけて言葉を吐き出した。

「殿下と、あの男爵令嬢との婚約が決まった」
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