【シナリオ】フレグランス・ブライダル
氷の魔王
〇学校・三年生の教室の廊下(昼休み)

ザワザワと騒がしい教室で、維香はカバンからお弁当を出すところだった。

立花維香(たちはなゆいか):明るめの茶髪は地毛。ストレートのロングボブ。目は茶色で、可愛いよりは美人寄りの顔。制服はセーラー服。

女子生徒「あ、あの。桜井先輩!」

廊下から大きな声が聞こえて、維香はつい視線を向ける。
丁度開けられたドアから、マスクをつけた長身の男子生徒の姿が見える。

桜井結真(さくらいゆうま):黒髪焦げ茶の切れ長な目。髪型は短めウルフカット。マスクをつけていてもクールイケメンオーラが滲み出ている。

彼に二年の女子生徒が話しかけていた。

女子生徒「好きです! 付き合ってください!」

勇気を振り絞り耳まで赤く染めて告白した彼女に、マスクの男子生徒・桜井結真は不機嫌そうに眉を寄せた。

結真「……は?」

それを教室の中で見ていた生徒たちが女子生徒をあわれむ様にヒソヒソと話し出す。


クラスメート1「うっわー、あの子勇気あるな」
クラスメート2「もう見てるだけで可哀想なんだけど」


その言葉を物語る様に結真は不機嫌な雰囲気を隠しもせず辛辣な言葉を口にした。

結真「付き合う? 冗談じゃねぇ……近寄んな、ウザイ」
女子生徒「っ⁉」

ショックを受けた女子生徒はそのままポロポロと涙をこぼす。
維香と同じくその様子を見ていたクラスメートの女子が呆れ気味に感想を口にする。

真矢「いつもながら辛辣(しんらつ)ね。《氷の魔王》は」
真矢の友人「ホンット、笑うことなんてあるのかな?」

維香「っ⁉」

聞きなれた声が近くから聞こえ、維香は肩を揺らす。
その声に呼び止められないうちに教室を出ようと、お弁当を手に席を立つ。

真矢の友人「でも桜井くん、いつもどこでお昼食べてるんだろうね? 後をつけてみた子もいるらしいけど、いつも見失っちゃうって言ってたよ?」
真矢「そうなんだ……あ、維香(ゆいか)
維香「……何? 真矢(まや)

立花真矢(たちはなまや):明るい色に染めた髪を緩く巻いている。化粧もネイルもバッチリ決めていてちょっと派手目な雰囲気。

維香(呼び止められないうちに教室を出たかったかったんだけど……)

苦々しい思いを内に閉じ込めて、維香は無表情で真矢を見る。

真矢「今日飲み物持って来るの忘れちゃったんだよね。無糖の紅茶買って来てくれない? はい、これお金」
維香「……」

二百円をつまむように差し出した真矢の手を見てから彼女の顔に視線を移す。

維香(まるで私が買って来るのが当然とばかりに自然とパシる彼女・立花(たちばな)真矢は私の義理のいとこだ)
(叔父の再婚相手の連れ子)

維香「どうして私が買いに行かなきゃないの?」

反論すると、真矢は不機嫌そうに眉を寄せる。
だが、真矢が何かを言う前に彼女の友人たちが口を開いた。

真矢の友人1「はぁ? 維香さん、あんた何言ってんの?」
真矢の友人2「あなた真矢の家に世話になっている身でしょう? それくらいむしろ進んで買いに行くところじゃないの?」

維香(確かに二年前に叔父さんも亡くなって、今は叔母である須美さんと真矢の三人で暮らしているけど……)

維香「分かった」

不満を押し込めお金を受け取る維香。

維香(真矢も周りの女子たちも、カースト上位の人たちだ。反発しすぎるといじめられかねないし)

真矢「そうそう、素直に言うこと聞いていればいいのよ」

ニッコリと笑う真矢に周りの友人たちも当然だと笑う。

真矢の友人1「真矢のいとこだからって調子乗ってるんじゃない?」
真矢の友人2「大体お金も渡してるんだからさっさと買って来ればいいのに」

そんな声を背に維香は歩き出し教室を出ていく。

維香「……お金、ね。このお金だって本当は私のものなのに」

少し悔し気な顔をして渡された小銭をギュッと握った。


〇回想・自宅リビング

維香モノローグ(叔父さんが亡くなってから、どんどんおかしくなっていった)

須美「夫が亡くなって収入が無いわ。私も働くけれど、足りない分はあなたの遺産から貰っていい?」

立花須美(たちはなすみ):黒髪。長めのショートで緩いウェーブ。少しタレ目。40代後半。

葬儀も終わり、自宅のダイニングテーブルで一息ついていたとき喪服のままの須美さんにそう頼まれた。

維香「はい。私もまだお世話になるし、必要な分ならむしろ使ってください」

快く頷く維香。

維香モノローグ(でも、須美さんにとっての必要な分って自分が遊び歩けるくらいの金額だったみたい)
(年下の彼氏を作って遊び歩いて……真矢にも多額のお小遣いを渡して……)

若い男と楽しそうに腕を組んでいる須美や、ブランドの財布やバッグを持つ真矢の姿。

維香モノローグ(真矢は服やバッグもブランド物を集めて。それを友人に自慢して、スクールカーストの上位にまで上り詰めた)

〇回想終了


〇廊下の自販機の前

維香「しかも私が人の彼氏に色目使ってるなんて根も葉もない噂を流すし……」

ぶつぶつと文句を口にしながら自販機の紅茶のボタンを押す。

維香(おかげで私は学校でも一人で過ごす羽目になったし)

不満な表情をしたまま紅茶のペットボトルを取り出す。

維香(私が相続している遺産を使い荒らして……警察や弁護士とかに相談すれば須美さんは一発でアウトだ)
(だって、須美さんの弁護士である妹・奈美さんが書類を偽装してるんだもん)
(……でも)

歩き出しながら、悲し気な表情になる維香。

維香(でも、須美さんが罰せられたら私はきっと一人暮らしすることになる。一人の家にいるのは……怖い)

維香は自分を抱くように組んだ腕をギュッと掴んだ。
まるで、恐怖心を押さえるように。


〇旧校舎側・外

少し古めかしいレンガ造りの外壁。
旧校舎の名残がある校舎裏をお弁当を持って歩く維香。

維香「旧校舎の名残があるからか、こっちはちょっと薄暗いなぁ……」

維香(でも仕方ないよね、いつもお弁当食べている場所は遅くなったせいで先客がいたんだもん)


〇回想・屋上に続く階段

立入禁止の札がかかっている屋上へのドアが見える階段。
その前のあたりで三人ほどの一年女子が笑顔で話している。

一年女子1「思ったより風通しいいし、良い場所だね」
一年女子2「ここ穴場じゃん。これからここで食べようよ!」


〇回想終了

〇旧校舎側・外

維香「あの様子じゃあ、もうあそこは使えないな……いい場所だったんだけどな」

残念そうに呟き、キョロキョロと周囲を見回す。

維香「どこか座れる場所ないかな?」

周囲にばかり目を向けていた維香は見ていなかった足元の石に躓いてしまう。

維香「わっ。きゃあ!」

蔦に覆われている壁に手を突いてなんとか転ばずに済む。

維香「あっぶなっ!って、なに? この空間」

蔦に突っ込んでいる腕は肩近くまで埋まっている。
続く壁に比べると明らかに奥行きがあった。

簾のように垂れ下がっている蔦をかき上げると古びたドアを見つける。
木製のドアに、鉄製のノブ。

維香「これって……」

不思議そうにノブに手をかけると、カチャっと音を立ててドアが開いた。
驚く維香。
でも中は明るくて、怖さよりも興味が湧く。
少し緊張しながらも中に入っていった。

中には大きな熊手など、外で使う道具などが壁際に立てかけられている。

維香(管理小屋みたいなところなのかな?)

足を進めながら視線を上の方に向けると、二つの大きな天窓が見える。

維香(あ、天窓……これのおかげで明るいんだ)

結真「……おい」
維香「っ⁉」

突然の声に驚いて、視線を下げる。
声の方向には、天窓から落ちる光を浴びるように美しい男がいた。

《氷の魔王》こと桜井結真。

マスクを取った姿で、彼は無言で維香を睨んでいた。

維香「っ……ご、ごめん! 人がいるとは思わなくて」

維香の言葉に睨むのを止める結真。

結真「なんだ。追いかけて来たってわけじゃないのか」
維香「追いかけて?」

疑問に首を傾げながら、少し前に聞いた言葉を思い出す。

真矢の友人『でも桜井くん、いつもどこでお昼食べてるんだろうね? 後をつけてみた子もいるらしいけど、いつも見失っちゃうって言ってたよ?』

維香(あ、もしかしてその後をつけた子と同じって思われた?)

維香「ち、ちがっ――」
結真「ま、なんにせよ……」

慌てて否定しようとする維香の言葉を遮った結真は、立ち上がり維香に近づいて行く。
綺麗な顔で無表情な結真が怖くて逃げだしたい気分の維香。

維香(な、なに? なんか怖いんだけど⁉)

怖がりつつも近くに来た結真をつい見つめる。
毛穴なんて見えない程なめらかな肌。
通った鼻筋に完璧とも言える形の薄い唇。

整い過ぎた美しい顔が近くにあって、思わず維香はドキッとした。

結真「とりあえず、この場所のことは黙ってろよ? 他人が来ない場所は貴重なんだ」
維香「わ、わかっ――」
結真「で、お前も二度と来るな」
維香「っ!」

維香(本当に人が嫌いなんだ……)

維香「わ、わかった……よ。誰にも言わないし、もう来ないから……」

まるで危険なものから逃げるように後退りする。
そのまま結真から距離を取ろうとする維香だが。

結真「ああ……ん? ちょっと待て」

何かに気づいた様子の結真に肩を掴まれ引き止められた。
流れるように結真の顔が近づき、ドキッと驚く維香。
思わず目を閉じると、更に近づいた結真がスン、と匂いを嗅いだ。

維香「!!?」
結真「このニオイ……」

維香(い、今匂い嗅がれた⁉)

目を見開き、カァッと赤くなる顔。
あまりの羞恥に維香はバッと結真と距離を取る。

維香「ご、ごめんね! もう来ないから! じゃあ!」
結真「お、おい!」

引き止める声にも振り向かず部屋から出る。


〇校庭

走って校庭の見える辺りまで来た維香は、適当な木に手を当てながら軽く切れた息を整えた。

維香「び、ビックリした……でも、もう関わることなんてないよね」

呟きながら落ち着きを取り戻した維香はポケットからスマホを取り出す。

維香「そういえば今何時――って! 早く食べないとお昼休み終わっちゃうじゃん!」
維香「仕方ない。ここで食べちゃえ!」

維香はその場にしゃがみ込んで、急いでお弁当を食べた。


〇校舎裏・管理部屋

取り残された結真。
さっきまで維香の肩を掴んでいた手をジッと見ている。

真剣な目で維香が消えたドアの方を見て、呟く。

結真「あいつ……確か立花、だったよな? あいつならもしかして……」
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