リヴィ・スノウはやわらかな嘘をつく

「失礼。ノックしたのだけど返事がないから扉を開けさせてもらったわ」

 彼女は手に黒い鉄の固まりを握っている。そこから小さく黒い煙が上がっていた。

「な、エミリー、様?」
「そうよ。お伺いするって言ったでしょう」

 彼女はリヴィの名刺を指に挟んでいた。
 リヴィは慌てて起きあがろうとした。だが、足をぎゅっと押しつけられている。彼女の眼は爛々と輝いていた。

「は、離してくださいませ。このように突然、どうされたのです。レインス様は……」
「お前、今ごろ私とお兄様が肌を重ねて愛しあっているとでも思っていたの?ええと、リヴィ・スノウ。田舎の治癒士」

 リヴィはさっと頬を赤らめた。彼女は名刺を床にぽとんと捨てた。

「本当に、愚かな女ね。わたくしが魔障持ちの人間に身体を許すとでも思って?」
「ど、どういうことですか」
「あら、わたくしは何度も説明したはずよ。魔障持ちだからという理由だけで婚約破棄は出来なくなってしまったって」

 その通りだ。それは、二人にとっては、少なくともエミリーにとっては喜ばしいことのはずだ。

「だ、だから、貴方はレインス様を連れ戻しにいらっしゃったのでしょう?婚約破棄の撤回ができるから。彼を愛していらっしゃるから」

「いやだわ、なんてお馬鹿さんなの。もちろんわたしはレインス様を愛していたわ。家格が近しいから小さな頃から何度もお会いしていたし。彼ほど凛々しく、雄々しく、騎士らしい方はいない。わたくしの夫にぴったりじゃない」
 彼女はそこで言葉を切る。

「だけど、魔障を受けた彼に用はないの。せっかくお父様に婚約を破棄してもらったのに、あんな神官の馬鹿げた宣言! とにかく、彼にいつまでも生きていられたら、わたし、次の婚約相手が決まらないのよ」

 だから、来たの。
 死んでもらおうと思って。
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