名前をなくした花嫁は自由結婚で愛を知る。

第3話「君が笑っているのなら」

◯奏の部屋(朝)

床に散乱するCDを避けて敷かれた布団の上で目を覚ますつぐみ。
音量が絞られた、穏やかなメロディの曲が流れている。

つぐみ「!」

勢いよく体を起こすつぐみ。
横には、同じくCDを避け、タオルケットを床に敷き、丸まって眠る奏人。
すやすやと眠る奏人を見て、恥ずかしそうに顔を赤らめるつぐみ。

つぐみM「花宮つぐみ 18歳」
つぐみM「家同士の結びつきのための結婚を破棄した矢先」
つぐみM「結婚することになりました」


T「第3話 君が笑っているのなら」
T「目を覚ますとそこは 憧れの人が眠る美しい世界・・・」


目を覚ます奏。

奏「あれ……寝てた」
奏「おはよ」
つぐみ「お、おはようございます」

奏、眠そうに起き上がり、あくびをする。

つぐみM(T)「相手はこの人 諏訪部奏人さん」
つぐみM(T)「親の持ちかけた縁談とはいえ 婚約破棄した相手の兄と結婚だなんて……とは思いますが」

× × ×
(フラッシュ)

奏「お前は自由だよ」

× × ×

つぐみM(T)「この人となら 私は私らしく生きていける――そう思いました」

ぐるるるるる……と、奏人のお腹が鳴る。

つぐみ・奏人「………………」
つぐみ「……お、おなかすきましたよね。なにか作りましょうか」
奏人「え、いいの」
つぐみ「はい……! 台所お借りしますね」
奏人「あー……冷蔵庫なんもないかも……」

つぐみ、立ち上がり、キッチンへ。
冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中を確認して、奏人の方を振り返って微笑む。

×××(時間経過して)×××

小さな座卓を囲むようにつぐみと奏人が座っている。
座卓の上にはたまご粥の入ったお椀(&スプーン)と浅めの皿(&箸)が置かれている。
たまご粥からほくほくと湯気が立っている。

奏人「お粥……?」
つぐみ「はい! どうぞ召し上がってください!」
奏人「……いただきます」

奏人、お椀を持ち、スプーンで一口食べる。

奏人「!」
奏人「……うまい」
つぐみ「本当ですか! よかったです! イカのおつまみがあったのでそれでダシとって、お味噌とたまごで仕上げてみたんです」
奏人「……すげえな」
つぐみ「ありがとうございます! さ、私も食べよっと」

つぐみも食べ始める。
奏人、浅めの皿を持ち、食べづらそうに箸で食べるつぐみを見て、

奏人「……ごめん。食器とかなんもなくて……」
つぐみ「あ! 全然! 大丈夫ですよ」
奏人「……料理、うまいんだな」
つぐみ「あ……料理は女の仕事だからって、幼い頃から父に言われてて……」
奏人&つぐみ「…………」
つぐみ「(気まずさに耐えられず、苦笑いして)あ、なんかごめんなさ――」

次の瞬間、ガチャリと音が鳴り、撫子【32歳。同じアパートの住人。双子の赤ちゃんを妊娠中(7ヶ月)。気が強くて口が悪いが心優しい。クセの強い服を着ている】が勢いよく奏人の部屋の玄関を開ける。

撫子「おらぁぁぁあぁあ奏人ぉぉおぉお! 起きてっかぁあ!? 土曜だからってダラダラして、っと……」

明希子「え……」
つぐみ「えっ……?」

驚きのあまり固まる撫子とつぐみ。
一瞬沈黙が流れる。

撫子「(アパートが揺れるほどの大声で)きゃあああぁあぁああ!!!!!!」

耳を塞ぐつぐみと奏人。

奏人「うるせえな……!」
撫子「(つぐみを指差し)え、え!? あんた誰なん!?」
奏人「(つぐみに向かって、撫子を指さしながら)あ、この人同じアパートに住む年増の主婦」
撫子「(怒)」
名作「どうしたなでちゃん! 大声出し、て……」

撫子の声を聞き、撫子の夫・名作【35歳。売れない小説家。気弱な性格だが心優しい。細身で背が高く、撫子の影響で独特な服を着ている】が飛んでくる。

名作、つぐみを見て、同じくアパートが揺れるほどの大声で、

名作「いやあああぁあぁああ!!!!!!」
奏人「うっせえ!!!!(怒)」

奏人、名作に向かって枕を投げる。
名作、「ふぎゃっ」と倒れる。

撫子「え、なになに、どういう……」

撫子、動揺する中、壁にかかったつぐみの制服を発見する。

撫子「あんたまさか……!」

撫子、サンダルのままツカツカと部屋に入り、奏人の胸ぐらを掴む。

撫子「女子高生を誘拐……!」
奏人「してねーよ!」
明希子「じゃあこの子は一体……!」

×××(時間経過して)×××

撫子「はあ!? 結婚!?」

気まずそうにあぐらをかく奏人と正座したつぐみ、並んで座っている。
座卓を挟んで、
驚愕している撫子と、「結婚」という言葉に顔を赤くする名作が並んで座っている。

T「アパートの住人 大和撫子」
T「売れない小説家 大和名作」

撫子「本気なん……?」

恐れながらも頷くつぐみ。

撫子「はぁーーーー……」

撫子の大きなため息に怯えるつぐみ。

撫子「……花宮つぐみちゃん?」
つぐみ「はい……!」
撫子「あんた高校生やんな?」
撫子「……はい」
撫子「……はあ。奏人だってまだ21。まだまだほんのお子ちゃまが……」

撫子、キッと奏人を見て、

撫子「奏人。あんた『結婚』なんて啖呵切ったところで、大変なのは目に見えてるやろ」
奏人「……」
撫子「苦労するのはアンタだけやない、つぐみちゃんもや。人様の大切なお嬢さんをお嫁もらうってそれ相応の覚悟が必要やねんで? あんたそこまで考えた? つぐみちゃんを幸せにしようちゅう覚悟が、あんたにあるん!?」
奏人「……うっせぇな」
撫子「あんたのことや、どうせ勢いでなんやかんやうまいこと言いよったんやろ。つぐみちゃん、騙されたらアカンで!」
名作「まあまああきちゃん、ちょっと落ち着いて……」
撫子「うっさい! あんたは黙っとき!」
名作「ヒッ……」
つぐみ「(大きな声で)だ」

一同、一斉につぐみを見る。

つぐみ「騙されてません……!」
撫子「!」
つぐみ「私は、自分で選んでここに来ました」
つぐみ「奏人さんは、私を監獄から救い出してくれたんです」
撫子「…………」

撫子、つぐみをじっと見る。

撫子M「どういうこと? 花宮って、なんやでっかい会社やってるあの花宮やんな? え、この子大金持ちのお嬢様とちゃうの? 監獄って……」

奏人「……まあ、いろいろあんだよ」
撫子「……いろいろってなによ。言ってみい」
奏人「あーもううっさいなあ……」

奏人、立ち上がる。

撫子「あ! こら奏!!」
つぐみ「あっ……」

奏人、部屋を出る。
ガチャン、玄関の扉が閉まる。

撫子「――ったくあの子は……」
つぐみ「あ、あの……なんかすみません……」
撫子「はぁ? なんであんたが謝るん?」
つぐみ「だって……私のせいでお二人が険悪な感じに……」
撫子「え? あはは! あんたのせいって、それはちゃうよ! 私とあいつはもともと険悪なの! あいつほんまに勝手なところあるから……」
名作「あはは、それも違うなぁ」
名作「(つぐみに向けて小声で)似たもの同士なんだ」
撫子「あれぇ、名作さん。なんか言うたあ?」
名作「イエ、ナニモ」
つぐみ「……ふふっ」

撫子「……なんや。あんたさっきから怖い顔ばっかしよったけど、笑ったほうがずっと可愛いやん」
つぐみ「えっ」
名作「うん、可愛い可愛い」
撫子「あんたが言うな! なんや気色悪いわ!」
名作「え〜〜〜! そんなぁ……」
つぐみ「ふふっ」
撫子「……奏人も昔、暗い顔ばっかしてたときがあってな」
つぐみ「えっ」
撫子「そのことがあるから、ついつい世話を焼いてしまうんよ」
つぐみ「……」
撫子「奏人には、よう笑って、幸せに暮らしてほしいねん」
つぐみ「そう、ですよね……」
撫子「それはつぐみちゃん、あんたも同じことや」
つぐみ「!」

撫子、立ち上がる。

つぐみ「ま、いろいろあるんやろうけど、結婚のことはあいつとちゃんと話して、それから決めや」
つぐみ「……はい」
撫子「じゃあね、また来るわ」
つぐみ「……はい」

撫子、名作、部屋を出て行く。
ガチャン、と玄関の扉が閉まる。

つぐみ「……」

静かな部屋にひとり取り残されるつぐみ。


【ここから奏人視点】
◯道路(朝)

奏人M「……撫子(あいつ)、そろそろ帰ったかな」

撫子の勢いから逃れるために家を出て、目的もなく歩いていた奏人。
撫子たちがそろそろ帰っただろうと考え、アパートに戻ろうと歩いている。

× × ×
(フラッシュ)

撫子「つぐみちゃんを幸せにしようっちゅう覚悟が、あんたにあるん!?」

× × ×

奏人「(小声で)……ねえよ、んなもん」

奏人M「……でも」

× × ×
(フラッシュ)
○線路沿いの道路

地面にへたり込み、ずぶ濡れで泣くつぐみ。
つぐみの、心底悲しそうな顔。

×××

奏人M「はじめてあいつを見たとき」
奏人M「ひどく胸が痛んだ」
奏人M「顔も名前も知らない赤の他人 それなのに なぜだろう」
奏M「助けたいと思った」

目的もなく歩くうちに、商店街へ辿り着く。
商店街を歩み進めると、かわいい外装の店(雑貨屋)を見つける。

×××(時間経過して)×××

店員(女性)「ありがとうございましたー」
奏人「……」

雑貨屋で商品を購入し、可愛らしい紙袋を持って帰路に着く奏人。

奏人M「……この感情はなんだ」
奏人M「まるで捨て猫を拾ったような……哀れみ? 助けたいっていう、仏心?」

奏人「……いや」

×××
(フラッシュ)

奏人、18歳、高校3年生のとき。
家で父と大喧嘩。

諏訪部・父「まったくお前はいつもいつも! 好き勝手なことばっかしやがって!」
奏人「お父さん! やめて!」
諏訪部・父「(ギターを手に取り)うるさい! こんなものにうつつを抜かしよって! おまえには諏訪部家の長男だという自覚がないのか!」
奏人「俺は……! 俺は奏人です!」
諏訪部・父「なんだと!」
奏人「俺はこの家の――諏訪部の道具じゃない!」
諏訪部・父「もういい……! 出て行け! どうせお前のような人間――」

諏訪部・父「諏訪部(我が家)の汚点にすぎないんだ!(トラウマになっている言葉)」

×××

奏人M「……同情か」

奏人M「泣いているあいつに過去の自分を投影した」
奏人M「あいつを助けることは」
奏人M「世界一不幸だったあのときの自分を助けることと同じだと」
奏人M「俺は、そう思ったのか……?」


〇アパート、奏人の部屋

奏人、玄関のドアを開ける。

奏人「(小声で)……ただいま」
つぐみ「おかえりなさい!」

優しい笑顔で出迎えるつぐみ。

つぐみ「撫子さんたち、さっき帰りましたよ」
奏人「……そ」

つぐみ、奏人が持っている可愛い紙袋を発見する。

つぐみ「(紙袋を指差し)それは?」
奏人「ああ、これはーー」

×××(時間経過)×××

座卓の上に、可愛いお茶碗、お椀、箸、コップが二組ずつ置かれている。
つぐみ、目を輝かせてそれを見る。

つぐみ「え! どうしたんですかこれ!?」
奏人「買ってきた。今朝、食べづらそうだったから……」
つぐみ「あ……」

つぐみ、お粥を浅い皿と箸で食べたことを思い出す。
つぐみ、奏人の思わぬ気づかいに感動する。

つぐみ「(涙目、でも笑顔で)ありがとうございます……」

奏人M「……でも」
奏人M「たとえこの気持ちが同情だとしても 今は」

つぐみ「お昼はこれで食べましょ! 美味しいご飯作ります!」
奏人「え、早くね? さっき食ったばっかだけど」
つぐみ「今から買い物行って、帰ってくる頃にはおなかもすいてますよ」
奏人「……じゃあ、一緒行くか」
つぐみ「え!」

×××(時間経過)×××

〇奏人の部屋、キッチン

つぐみ「……できたー!」
奏人「……うわうまそ」
つぐみ「食べましょ食べましょ」

つぐみ・奏人、食器を持って部屋へ。
座卓を囲んで、

つぐみ「いただきまーす!」
奏人「……いただきます」
つぐみ「んー! 美味しい!!」

ハンバーグを一口食べ、幸せそうな顔をするつぐみ。
奏人、その表情を見て、

奏人「……あのさ」
つぐみ「はい?」
奏人「結婚するか、俺たち」
つぐみ「!」
つぐみ「(一瞬固まるが、嬉しそうに)……はい」

奏人、穏やかに微笑んで、

奏人M「この人が笑ってるなら それでいいか」

奏人の買ってきた食器が使われた、あたたかい料理、(できたてごはん・お味噌汁・ハンバーグ)が並んでいる様子で、3話終わり。
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