好きとは言わない誓約です
「ああ。丹田に頼まれて」と、甲斐が言った。


するとマナが小声で「丹田?」と言った。多分甲斐には聞こえていない。


「菜月がいることは知らなかった」

と、少しの間をおいて甲斐が言った。


……あ、そう。

私がいるの知らなかったから、なんだ? と思ったけど、今何か余計なことを言うのは自分の首を締めることになる気がして、ひとまず私は黙った。


「とりあえず、二年の試合終わったから。こいよ。マナ」


甲斐が言うと、マナはそれを無視するようにしおりにマジックを走らせ始めた。


「おい」と、甲斐は不機嫌な声。


「これ。終わんないと行けねーから。コーチにまだかかるって言っといて」

マナは甲斐の方も見ずに言う。

いつも以上の塩。もしや、マナって甲斐のこと嫌いなの? と思うほどに。


すると今度は甲斐が黙る。もーなにさ。


「あ、風間くん、あと少しだしそっちの分も私やっとくから大丈夫だよ。部活、行ってきて?」

私は努めて明るく言った。


マナはチラリとそんな私の顔を見て、それでも作業をやめない。


「お前一人に押し付けて行くとかないから」


え、待って待って、また泣いてしまうから。と私が一人動転していると、甲斐がドアの方でため息をついた。


「分かった」

言い捨てるように言って、甲斐はドタドタと不機嫌な足音を立てて行ってしまった。


そして廊下の遠くの方から、ドコッカンカラカンとバケツか何かを蹴飛ばしたような音がした。

おいおい、荒れてるな。


「あーっと。なんかごめんね。甲斐、機嫌悪そうだったね」

と私は取り繕うように言った。


「なんでお前が謝る」

マナは冷たく言う。


もう、どうしたらいいのやら。


私はもういっぱいいっぱいで、とにかくまた顔に力を入れて泣くまいと頑張る。


窓の外が薄暗くなってきて、教室内の眺めがいつもと違う。


マナも私も黙って机に向かう。もうしおりの穴埋めが終わりそうだった。


するとマナは「ふー」と大きくため息をついた。


「これ、楽しみだな」


え? と思って私が顔を上げると、マナは出来上がったしおりの二日目、飯盒の欄を指さしていた。


私は、マナの静かに優しさがこぼれる目を見て、また泣き笑いみたいな変な顔をして笑った。


「お前それどういう顔なの」と言って、またマナが笑った。
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