好きとは言わない誓約です

もっと好きになる

林間学校に向かうバスの中、私は一人外を見ながらぼーっと考え事をしていた。


一昨日の教室でのことが頭から離れない。

気がつくとマナの笑顔と言葉を反芻していた。


私の中でいつも何かが弾ける寸前のような、いつでも泣いてしまえるような、とても落ち着かない気持ちにさせられていた。



「ねえ、持田さん」

バスで二時間ほど走った頃、隣の席の丹田くんが言った。(バスの席は班でくじ引きでした)

「持田さんたちが、しおりを作るのに残ってくれた日のことなんだけど」


「あ、一昨日?」

と、私は無意味にドキリとした。


「あ、一昨日か。そうそう。あの時さ、もしかしてマナと教室で二人っきりだった?」


「え?」と私は驚いて、ニコニコしている丹田くんを見た。


「うん、風間くんがきてくれた時、ちょうど松本さんが帰るって言って。二人で作業したよ」


「へー。やっぱりそうだったんだ」

丹田くんは満足そうに言った。


私は丹田くんの意図するところが全くわからない。


「その時、甲斐がマナのこと迎えに行った?」

と、丹田くん。


あ、そうだ。そういえば丹田くんに頼まれたと甲斐が言ってた。


「なんか、あの時甲斐おかしかったんだけど、なんでか知ってる?」


「ああ、すごい機嫌悪く帰ってきたね。マナが部活に戻るの拒否ったからかな」

丹田くんはクスクスと笑って続ける。

「あの時、僕がマナを呼んできてって甲斐に頼んだんだよ。もしかしたら持田さんとマナ二人っきりじゃないかなぁって思って。班の人たちが帰っていくの、俺グランドから見てたから」


「うん? どういうこと?」


「持田さんとマナが二人でいたら、甲斐がやきもち焼くかなぁって思って、けしかけてみました」


丹田くんは、可愛い顔をしてキュルンと笑った。


「いや、甲斐がやきもち焼くとかないよ? 私たち姉弟みたいなもんだし」


第一、私がマナのこと好きで、仲良くなろうと頑張ってるのなんて甲斐は百も承知だし。

……とは丹田くんには言えませんが。


「ふーん、そうなの?」と、丹田くんは依然、飄々と笑っている。


「それに甲斐はものすごい面食いだしね。それこそ髪長い子が好きなはず」


「へー 。そうなんだ」


「みんな安直だよ。男と女が仲良くしてるだけで、すぐ勘ぐる。私と甲斐も散々からかわれてきたよ」


「あーなるほどね」

と、丹田くんはニコニコしたまま、うんうんと適当に私の話をきく。


あれ? なんか私が頑張って言い訳並べてるみたいになってるのは何故。


これ以上この話をしていても、到底丹田くんには響かない気がして馬鹿らしくなった。


そして余計なことを口走ってしまいそうで怖い。


「私ちょっと寝不足で。着くまで少し寝るね」

突然私が言うと、丹田くんは「うん、わかったお休み」と言った。


すぐに私が窓際を向いて寝たふりを始めると、丹田くんは添乗員さんに小声でブランケットを持ってくるように頼んだ。


そして手渡されると、私の膝にブランケットをそっとかけてくれた。






はるか山奥に突如現れる研修センターという名の宿泊施設に着くと、各自部屋に荷物を置いたらすぐにハイキングへ出発。


「いーきーたーくーなーいー」

運動が嫌いなミナミは、私たちの班にも聞こえるくらいの大声で騒ぎ、班の男子に引っ張られながら森の中へと旅立っていった。

……班の人たちお気の毒に。


私はというと、新しく買ったショッキングピンクのニューバランスを履いて、リュックも欲しかったカンケンだし、ちょーご機嫌。


松本さんに「菜月ちゃんのスニーカーかわいいね」と言ってもらい、さらにご機嫌。


ハイキングは、各班で考えたタイムテーブルとコースで、点在するポイント地点を目指し、各所でスタンプを押して宿舎に帰ってくるというもの。


クラスで一番にゴールした班には、ご褒美として今夜の勉強集会が免除され自由時間が与えられるそうな。


私たちは右側のポイントから回るらしい。


私はただただ、マナと同じ班というだけで浮かれポンチで、何も考えてなかったけど。

女の戦いはすでに始まっていたらしく、クルミちゃんはいつの間にかマナの隣をキープしていた。


「まだ紅葉してなくて残念だよねー」「ねーでもやっぱり山は涼しいねー」と呑気に松本さんと和んでいた私。


……出遅れましたな。でもいいの。私はマナの一番の女友達と認定されたんですから。


……と思ってはみても、今日は朝から一度もマナとしゃべっていないし、目も合わない。


おまけにバスもクルミちゃんとマナ隣だったし。


はー。前途多難。

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