好きとは言わない誓約です

4 借り物

スマダンの二十五巻目を読み終わってしまった。


まさかまさかの最終巻。
この漫画こんなに短かったっけ……。と思いながら、全国制覇の一歩手前で夢敗れた馬助高校バスケ部とともに私は涙した。


はーこれでマナから漫画を借りるという唯一の交流が終わってしまう。


席が隣のうちに少しでも多く言葉を交わしたいのに。
とにかく次の仲良しツールを考えなくては。





スマダンの二十五巻を持って学校へ。


今日必要な体育着と進路調査票と数Aのプリントなどなど全部忘れてきたけど、スマダンさえ忘れてなければオッケー。(泣)


「は? 体育着まで忘れたの? あんた体育だけが取り柄のくせに。どんだけ他のことに気を取られてんのよ」


ホームルームの前にミナミに泣きつくと、呆れた顔をされた。


「ははーん。風間くんと隣になってから、どうも気が散ってるよねー。そうよねー楽しくて体育どころじゃないのよねー。でも忘れ物多すぎると風間くんにドン引きされちゃうのよ」

目尻を下げて、ミナミは菩薩のような表情で私を諭す。


「ははは、違うってばー」と私は棒読みでミナミのジャブをかわす。


「あ、それに明日は林間学校のオリエンテーションだっけ。今の席順で林間学校の班決まるんだって。そりゃもう今日の体育の卓球なんてどーでもよくなっちゃうわね」


え!! と私は、ミナミのどこから持ってきたか分からないナイスな情報に目を輝かせた。

……いや、でも待て、喜んだらバレる。と、素早く全く興味ない顔に切り替え、ニヤける顔を必死で堪えながら「へーそうなんだー」と答えた。


「何を必死に平静ぶってんのよ」

と、ミナミ。もうバレる日も近くないか? こりゃ。


席に戻ると、マナはまた何やら漫画を読んでいた。


漫画にやる気なく向ける、マナの幅広な二重の目がとても好き。

目はその人の優しさが体の底から流れ出る場所だと私は思う。


「スマダン、二十五巻で最後だったんだね。ありがとう。読み終わったよ」


今軽く返してしまうのは得策ではない気もしたけど。
なんだか気が急いで、ホームルームの前のこのちょっとした時間に渡してしまった。


「泣いた?」スマダンを受け取ると、マナは得意げにきいた。


「泣いた泣いた! ここで終わっちゃうのかーって。……いろんな意味で」


私がテンション高めに言うと、マナは満足そうにしてスマダンをしまった。


さて。どうしよう。次はどうやって話しかける口実を作ろうか……と考えていると、マナがまた漫画を読みつつ言った。

「次は?」


うん? なんのことかわからず「なにが?」と返した。


「次は何読みたい?」


……あ、また何か漫画貸してくれるってこと? と、思った瞬間に、また私の顔は爆発して真っ赤になった。


まずい! と手で鼻から下を覆い、高ぶる気持ちを落ち着かせる。深呼吸一つ。


「い、今はそれなに読んでるの?」


「これは、怪晴」


あ、それは知らない漫画だな。

私はマナが持つ漫画の表紙を覗き込んだ。

また少し古い漫画かな。あれ、このかなりデフォルメな絵は最近見たような。


「これってもしかして、この前ヤンガーの表紙だった雷鳴? と同じ人が描いたやつ?」

と私が言うと、マナは「あーそうじゃない?」と素っ気なく言った。


「……。」

私が黙って考えていると、マナは「なんだよ。読むの? 読まないの?」と私の方を見た。


また私は真っ赤になっているであろう顔を隠しつつ、「読む読む!」と元気に返事をした。


またマナから漫画を借りられることになった。


今朝までちょっと沈んでいた気持ちが、嘘のようにルンルンする。


ホームルームが始まり、私は先程マナから手渡された怪晴(かいせいと読むらしい)の一巻をこっそり開いた。


……ぶっ。初っ端から惨殺シーン。なんてグロテスク。

私は一瞬で血の気が引いて、そっとページを閉じた。


先日、ヤンガーの表紙を指して私が好きだと言った雷鳴? も、おそらくこんなバイオレンスな内容なんだろう。

すごい趣味の女だと思われたかな……。


マナはこの漫画家さん好きなのかな?


ところで、忘れた体育着をどうにかしなくては。
三限の卓球に出られない。


私は席が一番後ろなのをいいことにこそこそスマホを取り出して、同中同高のグループラインを開いた。


『誰か三限、体育着貸してぇー!ピギャー』


するとホームルーム中にもかかわらず、次々と返信が。みんな不真面目だな。

『ドンマイ』
『ドンマイ』
『ドンマイ』
『裸でやって』(は?)


だれも貸してくれやしない。と思ったら。

『二限の前に、移動で菜月のクラスの前通るからその時持って行ってやるよ』

救世主現る。

『やだ、さすが旦那』
『朝からごちそうさん』
『甲斐くんかっこいー』

と、茶化しラインが私の返信より先にポンポンと。


『ダメよみんな。菜月は今クラスの男子に夢中なんだから』

私は驚いて顔を上げた。
するとミナミが真ん中の方の席でこっそり後ろを向いて、私にバチンとウインクをした。


……おいこら、シャレにならない。


『違うからね。全く違います。そんなことありません』

と私が打ち込むより早く、誰誰誰誰……!! とラインのルームが荒れた。


私はバイブがやまなくなったスマホを、ゲンナリしてそっとバッグにしまった。
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