好きとは言わない誓約です
いやいや、そんなことよりも。
確かに同じクラスになったってだけで勝手に運命を感じて、勝手に盛り上がって、勝手に告白とかさ。どんだけ独りよがりなんだ。
絶世の美少女ならまだしも。私だぞ?
「甲斐もさ、そこそこモテるじゃんね」
「そこそこ?」と納得の行かなそうな甲斐は取り敢えず無視。
「やっぱり仲良くもない子に告白されたら気持ち悪いもんなの? ……あれ? ていうかさ、あんた中三の時、突然告白してきた塾の知らない女の子とすぐ付き合いだしてなかったっけ?」
「いや! あれはさ、すげー可愛かったし、そのなんだ? 結構イケイケな子だったし。なんつーかその」
「あー。ヤレそうだなって?」
甲斐は赤い顔をして口をパクパクさせた。いや、金魚か。
「お前な。そういうこと軽く言うなよ。そんで俺の話はいいんだよ。とにかくマナには告白は絶対しない方がいい」
「えー。じゃあどうすればいいのよ。ひっそり片思いして満足してろって?」
と私は泣きそうな声を出して言った。
せっかく同じクラスになれたのに、そんなバカなー。
「そうだな。片思いで満足しておくのが一番だな」
甲斐は腕を組んで一人でウンウン頷いている。
「いやだ! だったら告白して玉砕した方がよっぽどいいよ! もう影から見てるだけなんて辛いし、何より今の自分、気持ち悪いことに気がついたよ、私」
「いや、待て。早まるな」
甲斐は右手を開いて掲げ、待った! のポーズ。さっきからいちいち演出過剰だな。
「分かった。こうなったら菜月は、マナの一番の女友達のポジションを狙え」
イチバンノオンナトモダチ……? 考えてもみなかった。
「な? その方がずっと、マナに好きになってもらえる可能性は高い」
え、そうなのかな。私は口元に手を当てて考えた。
「そっか。どうせ同じクラスなんだから、早まらず時間をかけて仲良くなって、それから告白という手段の方が……」
「いや待て!それもダメだ。菜月から告白した時点で、マナは絶対に引く! ドン引きする!」
「それじゃ仲良い子からの告白もダメってことじゃん」
「その通り」と甲斐はまた人差し指を立てて私を指した。
「だから、とにかく友達になれるように頑張れ。で、絶対告白はしないと約束しろ。それを菜月が約束するなら、マナと仲良くなるために協力すると俺も約束する」
甲斐は私の顔を指さしたまま、キメ顔でそんなことを言い出した。
うーん。確かに恋愛においては甲斐の方が圧倒的に経験豊富だし、何よりマナと甲斐はもう三年の付き合いのはず。
甲斐の言う通りにするのがベストなのかもしれない。
「分かった。約束する。だから協力お願いします!」
「よし。合意だ。では誓約書の作成に入る」
は? 誓約書って何? と考えているうちに、甲斐はカバンから今日学校で配られたプリントを一枚取り出した。
そしてベンチに向かって何やら書きはじめた。
「できた。これに目を通してサインしろ。ハンコないだろ? そしたら拇印でいい」
ボ……イン。
呆気にとられつつも、そう言えば甲斐の両親は弁護士だったなと思い出した。
いや、だからって。
「ちょっと。そこまでする必要がどこに。おじさんたちに約束の時はこういうの書けって言われてんの?」
「いや? こういう誓約書を書かせるの、漫画で見ただけ」
弁護士の親関係ないんかい。と心の中で突っ込む。
「ほら。女に二言はないだろ。ならここに署名するんだな。これがないなら、俺は菜月に一切協力しない」
甲斐は「誓約書」と書いた、配布プリントの裏を私に突きつける。
「サインする気ないならなー。菜月が俺を利用してマナの情報得てたこととか、毎回マナを見に試合来てたこととか、うっかりマナに言ってしまうかもしれないなー」
「わーかったよ!」
私は甲斐からプリントを受け取り、「こういうのって脅迫て言うんじゃないのかしらね」とかブツブツ言いながら、誓約書にさっと目を通した。
こんなの、たいした意味ないでしょ。
甲斐からペンをひったくり、「持田菜月」と署名した。
「じゃ、次拇印ね」
と、甲斐はペンケースから赤の水性ペンを取り出すと、私の右手の親指の腹を塗りつぶしはじめた。
「甲斐! 待って待ってくすぐったいって! 何もここまでする必要ないでしょ」
と半分ヤケになって笑いながら言うと、甲斐も冗談ぽく笑っていたけど、親指を塗りたぐるその視線はとても真剣だった。
私は甲斐のその真剣さにどこか不安を感じながらも、言われるがままに名前の隣に親指を押し付けたのだった。
それからというもの、私は高校生活に慣れるのに精一杯で、結局なかなかマナと仲良くなるきっかけも生まれず。
(やたらテストがたくさんある学校でビビり気味)
甲斐も協力すると言ったくせに、幼馴染として紹介してくれるとか、コアなマナ情報を仕入れてくれるとか、そんな気の利いたことは一切なく。
私も私で、マナと同じ教室にいるだけで夢みたいな気持ちで、一番前の席に座るマナを後ろから眺めているだけで満たされてしまってた。
そしてマナに全く会えない夏休みがやってきて。
仕方なくミナミと一度、サッカー部の練習をこっそり見に行った。ミナミには、かっこいい先輩いないか探しに行くと嘘をついて。
グラウンドのフェンス越しに、サッカーボールを追いかける豆粒みたいに小さいマナを眺めていると、自分のやってることが中学の頃と何も変わっていないと気がついた。
そして、二学期が始まったら、誓いの時に決心した通り、絶対にマナと仲良くなるんだ! と気持ちを新たにしたのだった。
そんなこんなで、二学期になってすぐの席替えでこっそり席番号を仕組み、マナの隣をゲットして、今に至るというわけです。
確かに同じクラスになったってだけで勝手に運命を感じて、勝手に盛り上がって、勝手に告白とかさ。どんだけ独りよがりなんだ。
絶世の美少女ならまだしも。私だぞ?
「甲斐もさ、そこそこモテるじゃんね」
「そこそこ?」と納得の行かなそうな甲斐は取り敢えず無視。
「やっぱり仲良くもない子に告白されたら気持ち悪いもんなの? ……あれ? ていうかさ、あんた中三の時、突然告白してきた塾の知らない女の子とすぐ付き合いだしてなかったっけ?」
「いや! あれはさ、すげー可愛かったし、そのなんだ? 結構イケイケな子だったし。なんつーかその」
「あー。ヤレそうだなって?」
甲斐は赤い顔をして口をパクパクさせた。いや、金魚か。
「お前な。そういうこと軽く言うなよ。そんで俺の話はいいんだよ。とにかくマナには告白は絶対しない方がいい」
「えー。じゃあどうすればいいのよ。ひっそり片思いして満足してろって?」
と私は泣きそうな声を出して言った。
せっかく同じクラスになれたのに、そんなバカなー。
「そうだな。片思いで満足しておくのが一番だな」
甲斐は腕を組んで一人でウンウン頷いている。
「いやだ! だったら告白して玉砕した方がよっぽどいいよ! もう影から見てるだけなんて辛いし、何より今の自分、気持ち悪いことに気がついたよ、私」
「いや、待て。早まるな」
甲斐は右手を開いて掲げ、待った! のポーズ。さっきからいちいち演出過剰だな。
「分かった。こうなったら菜月は、マナの一番の女友達のポジションを狙え」
イチバンノオンナトモダチ……? 考えてもみなかった。
「な? その方がずっと、マナに好きになってもらえる可能性は高い」
え、そうなのかな。私は口元に手を当てて考えた。
「そっか。どうせ同じクラスなんだから、早まらず時間をかけて仲良くなって、それから告白という手段の方が……」
「いや待て!それもダメだ。菜月から告白した時点で、マナは絶対に引く! ドン引きする!」
「それじゃ仲良い子からの告白もダメってことじゃん」
「その通り」と甲斐はまた人差し指を立てて私を指した。
「だから、とにかく友達になれるように頑張れ。で、絶対告白はしないと約束しろ。それを菜月が約束するなら、マナと仲良くなるために協力すると俺も約束する」
甲斐は私の顔を指さしたまま、キメ顔でそんなことを言い出した。
うーん。確かに恋愛においては甲斐の方が圧倒的に経験豊富だし、何よりマナと甲斐はもう三年の付き合いのはず。
甲斐の言う通りにするのがベストなのかもしれない。
「分かった。約束する。だから協力お願いします!」
「よし。合意だ。では誓約書の作成に入る」
は? 誓約書って何? と考えているうちに、甲斐はカバンから今日学校で配られたプリントを一枚取り出した。
そしてベンチに向かって何やら書きはじめた。
「できた。これに目を通してサインしろ。ハンコないだろ? そしたら拇印でいい」
ボ……イン。
呆気にとられつつも、そう言えば甲斐の両親は弁護士だったなと思い出した。
いや、だからって。
「ちょっと。そこまでする必要がどこに。おじさんたちに約束の時はこういうの書けって言われてんの?」
「いや? こういう誓約書を書かせるの、漫画で見ただけ」
弁護士の親関係ないんかい。と心の中で突っ込む。
「ほら。女に二言はないだろ。ならここに署名するんだな。これがないなら、俺は菜月に一切協力しない」
甲斐は「誓約書」と書いた、配布プリントの裏を私に突きつける。
「サインする気ないならなー。菜月が俺を利用してマナの情報得てたこととか、毎回マナを見に試合来てたこととか、うっかりマナに言ってしまうかもしれないなー」
「わーかったよ!」
私は甲斐からプリントを受け取り、「こういうのって脅迫て言うんじゃないのかしらね」とかブツブツ言いながら、誓約書にさっと目を通した。
こんなの、たいした意味ないでしょ。
甲斐からペンをひったくり、「持田菜月」と署名した。
「じゃ、次拇印ね」
と、甲斐はペンケースから赤の水性ペンを取り出すと、私の右手の親指の腹を塗りつぶしはじめた。
「甲斐! 待って待ってくすぐったいって! 何もここまでする必要ないでしょ」
と半分ヤケになって笑いながら言うと、甲斐も冗談ぽく笑っていたけど、親指を塗りたぐるその視線はとても真剣だった。
私は甲斐のその真剣さにどこか不安を感じながらも、言われるがままに名前の隣に親指を押し付けたのだった。
それからというもの、私は高校生活に慣れるのに精一杯で、結局なかなかマナと仲良くなるきっかけも生まれず。
(やたらテストがたくさんある学校でビビり気味)
甲斐も協力すると言ったくせに、幼馴染として紹介してくれるとか、コアなマナ情報を仕入れてくれるとか、そんな気の利いたことは一切なく。
私も私で、マナと同じ教室にいるだけで夢みたいな気持ちで、一番前の席に座るマナを後ろから眺めているだけで満たされてしまってた。
そしてマナに全く会えない夏休みがやってきて。
仕方なくミナミと一度、サッカー部の練習をこっそり見に行った。ミナミには、かっこいい先輩いないか探しに行くと嘘をついて。
グラウンドのフェンス越しに、サッカーボールを追いかける豆粒みたいに小さいマナを眺めていると、自分のやってることが中学の頃と何も変わっていないと気がついた。
そして、二学期が始まったら、誓いの時に決心した通り、絶対にマナと仲良くなるんだ! と気持ちを新たにしたのだった。
そんなこんなで、二学期になってすぐの席替えでこっそり席番号を仕組み、マナの隣をゲットして、今に至るというわけです。