鏡と前世と夜桜の恋

一方、咲夜は…

夕暮れ刻、街に用があると伝えおすずの屋敷から抜け出し少し離れた裏路地にいた。

柳が風に揺れ、遠くで三味線の音がかすかに流れている。

人目を避けるには十分な距離。

だが、屋敷の動きを窺うには近すぎず遠すぎぬ絶妙な場所だった。







「ゆきの水揚げが決まっただと?」

咲夜は低く呟き、夕陽がその横顔を朱に染める。驚きはある、だが取り乱しはしない。

向かいに立つゆりねは、周囲をもう一度確かめてから小さく頷いた。

「はい。雪美様の水揚げの相手は… 申し上げにくいのですが、申又様が名乗りをあげているそうです… 」



風が止む。

すべては、咲夜の描いた筋書き通りに進んでいる。

女将への圧をかけ、客筋の誘導… 水面下で静かに、だが確実に布石は打っていた。

咲夜は一瞬、遠くの空を見上げた。
雲が茜色に裂けている。

そして——

「… そう来ると思った」

唇の端が、ゆっくりと吊り上がる。


怒りではない。
むしろ愉しむような笑み。

「面白れーじゃん」

水揚げは単なる儀式ではない。

金と名、そして権力が絡む一手。誰が名乗りを上げるかで、遊郭の勢力も政条家の立場も変わる。

だが——

「盤はまだ動く」

そう言って咲夜はゆりねに視線を戻す。

「俺達も動くぞ」

「承知いたしました」

夕陽が沈みかける。
町は夜へと移ろい始めていた。

おすずの屋敷の灯が、ひとつ、またひとつと灯る。その光の裏で、別の火種が静かに燃え始めている…

「水揚げは、雪美の運命を決める場だ」

咲夜は低く呟く。


「申又の思い通りにはさせん」

「それでは咲夜様もご準備を… 」

柳の葉がざわりと揺れた。

「わかった」

夕暮れの京。
見えぬ策が静かに交錯し始めていた。

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