鏡と前世と夜桜の恋
翌朝。
申又は目の怪我の治りが悪く高熱を出して床に伏せていた。
雪美は濡れた手拭いを額へ当てる。
「… 熱、少しは下がったかな? 」
粥を作り、薬草を煎じ、水を替える… 夜通し看病を続けても、嫌な顔一つしない。申又は驚いたように雪美を見る。
「どうしてそこまで俺の世話をする… 」
雪美は穏やかに笑った。
「当然よ、大切な方ですから」
その言葉に申又は満足そうに目を閉じた。
雪美は背を向けた瞬間、笑顔を消す。胸の奥から込み上げる嫌悪感に耐えながら、小さく拳を握った。
(ごめんなさい、さく)
(私は嘘をついています)
(でも、この嘘はあなたを守るため)
その日の夜も申又が眠りにつくのを待ち、寝息が聞こえ始めると雪美は再び屋敷の探索を始めた。
床下。
天井裏。
鍵の掛かった小箱。
一つ一つ調べても、決定的な証拠は見つからない… それでも諦めなかった。
どれだけ心が折れそうになっても。
どれだけ申又に笑顔を向けることが苦しくても。

雪美は演じ続ける。
可憐で従順な女性を。
申又の忠実な玩具… 暴力にも耐え、所有物として理解のある笑顔を見せ続けた。
申又が油断し、秘密を見せるその日まで誰にも気づかれないように。
誰にも涙を見せないように。
ただ一人、闇の中で戦い続けていた。
雪美は知っていた。
蓮稀を中心に政条家が全体で動くこの戦いは、自分だけのためではない。
… さくのため。
そして、鈴香や蓮稀、おすず一家の犠牲となった人々のため… いつか必ず真実を白日の下へさらす。その静かな決意だけが、雪美の心を支えていた。