鏡と前世と夜桜の恋

夜が更ける頃。

申又の屋敷は、不気味なほど静まり返っていた。雪美は障子をそっと閉めると、足音を殺しながら廊下へ出る。

(今しかない)

申又が眠っている間だけが、自由に動ける唯一の時間… 雪美は何度も深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。

「絶対に見つけてやる… 」





身を潜めながら雪美が探しているのは、おすず一家が村人たちを支配してきた証拠。

きっと、この屋敷のどこかにある。

書斎の襖をわずかに開け、月明かりだけが部屋を照らす…

年貢の帳簿。

土地の売買記録。

何度探しても決定的なものは見つからず、古い巻物や帳面を一冊ずつ慎重に開いていく。


(絶対に何かあるはず… )


その時だった。

廊下から床板が軋む音が響く。

雪美はとっさに帳面を元へ戻し、何事もなかったように正座した。

障子が開く。

「こんな夜更けに何をしておる」



申又だった。

雪美は一瞬だけ表情を固めるが、次の瞬間には柔らかな笑みを浮かべていた。


「目が覚めました?お怪我の具合が心配で、他に薬になる草はないかと探していました」

申又は疑うように雪美を見つめる。

「… ほう」

雪美は小さく首を傾げ、優しく微笑んだ。

「あなたの傷を早く治してあげたい… それだけよ。ずっと床に伏せてたらこの屋敷の皆様もきっと心配するから」



本心ではない。

雪美は申又を心の底から嫌っている… けれど、その感情は決して表には出さない。

雪美は申又に好意があるように見せかけ " あざとい女 " を演じていた。

自分が動けること、何か出来ないかと雪美なりに考えた結果… その演技そこが、この屋敷を自由に探れる、生き残る術だった。
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