鏡と前世と夜桜の恋
「雪美!!」
同じく追いかけて来た蓮稀の優しい声がした。黒髪が風に揺れその目は雪美だけを映している。
「… 大事にはならなかったみたいで良かった」
雪美の胸に温かいものが広がり、涙がまだ乾かない頬に静かな笑みが浮かぶ。
「蓮稀も来てくれたの…」
咲夜から思わず蓮稀に駆け寄る雪美。
蓮稀の手が雪美の髪に触れ指先で優しく雫を拭う… 睨みつける咲夜に気付く事なくその温もりに雪美はようやく息を整えることが出来た。
鈴香と雪美は全身びしょ濡れのままだった。髪から滴る水が頬を伝い、服は身体に張りついて重い… 震える手で顔の雫を拭き笑い合う鈴香と雪美。
ヒソヒソ話しを始めた2人は顔を見合わせ " せーの " で、蓮稀と咲夜に言った。
「「このまま滝見に行かない?」」
咲夜と蓮稀が一瞬顔を見合わせる。普通なら止めるべき、風邪をひく。けれど、鈴香と雪美の瞳の奥に宿る光はどこか強くその目を見た瞬間、誰も「ダメだ」とは言えなかった。
「…仕方ないな。夏だから直ぐ乾くだろうが途中で寒くなったらすぐ戻るんだぞ」
咲夜が言うと、2人は嬉しそうに頷いた。
「滝の音聞きたくてきっと気持ち良いと思う」
鈴香は雪美に対し「行きましょ」と手を差し出し手を繋ぐ蓮稀は黙って2人の後ろを歩きその背中を見守り静かに微笑んだ。
草を踏むたび濡れた服が冷たく肌に貼りつく、けれど鈴香と雪美の足取りは軽い。
陽の光に照らされて滴が宝石のように輝く。咲夜はそれを横目で見ながら小さく小声で呟いた。
「… 本当無茶するよなあー。」
「そんなこと言ってー。でも、ゆきちゃんの笑顔を見たらダメとは言えないでしょ?」
咲夜に対してにやりと笑った鈴香が囁く。
悔しいが言い返せない… 咲夜は何も言わず咳払いをしただ前を向いて歩いた。
やがて、木々の間から水の轟音が聞こえ始め… それは次第に大きく、深く、胸の奥まで響いてくる。
「わあっ…!」
雪美の足が自然と速くなり、最後には駆け足になっていた。

視界が開け目の前に滝が現れた。白い水が岩肌を滑り落ち無数のしぶきが舞い上がる光景に雪美は息を呑んだ。
「綺麗… 」
冷たい風が濡れた髪を揺らし肌を撫でる。寒さより心の奥の熱が勝っていた。鈴香と咲夜も滝を見上げ言葉を失い立ち尽くす。蓮稀は滝の水しぶきの中に微かに浮かぶ虹を指差した。
「虹が出てる!!」
雪美が満面の笑みを浮かべる。その表情を見た鈴香は胸の奥がじんと温かくなった。さっきまでの怒りは滝の音に全て洗い流れたようだった。
「鈴香お姉ちゃん、私あの時もうダメだって思ったの… 助けてくれてありがとう」
「当たり前でしょ。放っとけるわけないじゃない」
滝のしぶきが雪美の頬を濡らす… それはもう涙ではなく光の粒だった。咲夜は少し離れた場所でその横顔を黙って見ていた。
(俺が助けたかったのに)
雪美が溺れていたあの時、鈴香の方が早かった。自分はただ立ち尽くし状況を見ているしかなく… 助けたかったのに動けず、声すら出なかった。
(俺の方が早ければ俺が飛び込んだのに… )
握りしめた拳がじんわりと湿って、それが滝の水なのか汗なのかわからない。
滝の水音がやけに煩く感じ心臓の鼓動と混ざって世界のすべてが水の中に沈んでいくようだった。
色んな思いが咲夜の心中を襲う。