鏡と前世と夜桜の恋
-- その日の夜
火鉢の明かりがゆれる部屋で蓮稀は小瓶を持っていた。中には乾かされた花弁が数枚並べられている。
「毒があるのは花そのもの。雪解けと共に出る雫は、熱を鎮める作用がある」
瓶に水を注ぎ蓋をしてそっと揺らす、まるで薬草師の様な手つきで…
蓮稀はもともと山や薬草なども詳しい… 彼にとって“ 毒草 ”は恐れるものではなく " 扱うもの "
「雪美は真っ直ぐだな…」
瓶を光にかざすと白い花弁が淡く揺れた。その雫をひと匙すくい湯に混ぜて少し熱の残る身体で飲み干した。
翌朝。
雪美が再び政条家に訪れれば蓮稀はいつものように玄関先に出て来た。
「もう元気なの!?昨日熱あったのに…」
「雪美のおかげだよ」
「えっ、飴?」
蓮稀は笑って首を振る。
「いや、まつゆき草の方だよ」
「えっ!?あれ毒草だって…」
「毒は時に薬にもなる、使い方次第だからな」
雪美はぽかんと口を開け… 暫くすると嬉しそうに目を輝かせた。
「え、じゃあ… 私のお見舞いちゃんと効いた!?」
蓮稀は少し驚くも雪美の嬉しそうな反応を見て愛おしそうに微笑み、優しく頷きそっと雪美の頭を撫でた。
「ああ、間違いなく効いたよ」
雪美の顔は赤く染まり視線が泳ぐ… そんな反応が面白くて、蓮稀はわざと顔を近づける。
「どうかしたか?」
真っすぐ覗き込まれ雪美は慌てて目を逸らす。
「な、なんでもない…//」
その瞬間、蓮稀の口からある言葉がこぼれかけた。自分でも気付いた感情に慌てて言葉を飲み込み胸の奥がざわめく。
「どうしたの蓮稀?」
「…いや、気にするな」
静かに雪が舞う。
蓮稀の心の中にある雪美への気持ち… これが " 愛おしい " と言うことなんだとようやく気付いた。
笑い声が白い吐息に混じって溶けていく、楽しそうな2人を2階の窓から咲夜が見つめていたことも知らずに…
白く霞む窓の向こう
雪の舞う中で笑い合う蓮稀と雪美の姿が見えた。
蓮稀が雪美に顔を近づけ、雪美が慌てて後ずさる… その小さな仕草ひとつが胸の奥を静かに締めつける。
咲夜は無意識に窓辺に手を添えた。指先に伝わる冷たさが妙に心地よく感じる… 自分でも理由はわからない。
ただその時の蓮稀の表情が、今まで見たことのない優しさを帯びていたことだけははっきりと感じた。
「… 蓮稀ってあんな顔もするんだな」
ぽつりと誰に向けるでもなく呟いた。
胸の奥で小さな波が立ち静かに広がっていく… 雪の白さに溶けるようにその感情の名を咲夜は言葉にできなかった。