鏡と前世と夜桜の恋
-- 某日の夕暮れ。

政条家の庭には雨上がりの匂いが漂い、濡れた石畳に沈む光がゆらめき、植物の鉢の上では、水滴が一粒ずつ音を立てて落ちている。
屋敷の奥からは母と鈴香の笑い声が聞こえ " お似合いのお2人ですね " と、誰かが言っている。蓮稀はその声を背で受けながら縁側に立ち尽くしていた。
縁談の話しはすべて整った
もう後戻りはできない… 心の奥に残る小さな痛みを蓮稀は静かに息で押し殺した。
(これでいい… )
自分に言い聞かせ、雪美の笑顔を思い出す度、胸の奥が痛む。けれどその可愛い笑顔が咲夜の隣で輝いているのなら、それはもう自分の望みの果てだ。
幼馴染みの鈴香は気丈で明るく、正義感も強く物事をはっきり言うだけでなく周りを和ませる力を持っていて、雪美にとって姉のような存在であり、蓮稀にとっては1番自分の弱さを見せられる相手だった。
蓮稀は縁側の柱に手を置きゆっくりと目を閉じた。
(俺は…もう雪美を想うことを辞める)
(咲夜と雪美が幸せになれるなら、それでいい。この胸に残った想いは俺が墓まで持ってゆけばいい)
その時、背後から足音がし草履の音が柔らかく近づく。
「… 蓮稀」
振り返ると心配そうな表情の鈴香がいた。鈴香は勘の鋭い女だ " 大丈夫?" と聞かれ蓮稀は無言で頷いた。

鈴香は淡い薄紫の小袖をまといその手には一輪の蓮の花を抱えていた。
「今日池で見つけたの。蓮稀の名前みたいに、蓮は静かで美しい花… 私はこの花が好きよ」
鈴香の声は穏やかでどこか遠くの雨音を思わせる。蓮稀はその花を受け取り暫く見つめた。花弁の先にまだ小さな水滴が残っている。
「ありがとう、鈴香」
短くそう告げた後、蓮稀は花を胸元に抱いた。雪の花を届けてくれた時の雪美の面影がふと過ぎるがそれをすぐに振り払った。
もう振り返らない
誰かの幸せを願うだけで終わる恋ならばせめてその手で別の幸せを掴み取る。
「… 鈴香、お前を幸せにする」
その言葉に少し驚くも蓮稀の想いを知る鈴香は何も言わず静かに微笑んだ。
夕風が2人の間を抜け白い簾を揺らす… 遠くで雷鳴が小さく響いた。梅雨の夜が、静かに始まろうとしていた。
蓮稀は胸の奥に鍵をかけ、自ら選んだ道を歩き出す。それが誰かを愛した者としての最後の誠であるかのように…
「… 蓮稀!!!」
鈴香が立ち去った後、咲夜の声が庭に響いた。縁談の話を耳にした咲夜は、息を切らせて兄のもとへ駆け込んでくる。
「どうした咲夜?」
振り返った蓮稀の顔は
どこか吹っ切れたように穏やかだった。
「縁談を受けたって、何でだよ… お前だってゆきのこと… 」
咲夜の言葉を、蓮稀は遮るようにそっと頭に手を置き撫でる。
「俺は俺で幸せを見つけたんだ、お前は雪美と幸せになれ」
その笑みは静かに、確かに決意を宿していた。咲夜は蓮稀の覚悟した目を見るも胸の奥が締めつけられ、それ以上何も言えなかった。
この選択が
地獄の幕開けになるとも知らずに…

政条家の庭には雨上がりの匂いが漂い、濡れた石畳に沈む光がゆらめき、植物の鉢の上では、水滴が一粒ずつ音を立てて落ちている。
屋敷の奥からは母と鈴香の笑い声が聞こえ " お似合いのお2人ですね " と、誰かが言っている。蓮稀はその声を背で受けながら縁側に立ち尽くしていた。
縁談の話しはすべて整った
もう後戻りはできない… 心の奥に残る小さな痛みを蓮稀は静かに息で押し殺した。
(これでいい… )
自分に言い聞かせ、雪美の笑顔を思い出す度、胸の奥が痛む。けれどその可愛い笑顔が咲夜の隣で輝いているのなら、それはもう自分の望みの果てだ。
幼馴染みの鈴香は気丈で明るく、正義感も強く物事をはっきり言うだけでなく周りを和ませる力を持っていて、雪美にとって姉のような存在であり、蓮稀にとっては1番自分の弱さを見せられる相手だった。
蓮稀は縁側の柱に手を置きゆっくりと目を閉じた。
(俺は…もう雪美を想うことを辞める)
(咲夜と雪美が幸せになれるなら、それでいい。この胸に残った想いは俺が墓まで持ってゆけばいい)
その時、背後から足音がし草履の音が柔らかく近づく。
「… 蓮稀」
振り返ると心配そうな表情の鈴香がいた。鈴香は勘の鋭い女だ " 大丈夫?" と聞かれ蓮稀は無言で頷いた。

鈴香は淡い薄紫の小袖をまといその手には一輪の蓮の花を抱えていた。
「今日池で見つけたの。蓮稀の名前みたいに、蓮は静かで美しい花… 私はこの花が好きよ」
鈴香の声は穏やかでどこか遠くの雨音を思わせる。蓮稀はその花を受け取り暫く見つめた。花弁の先にまだ小さな水滴が残っている。
「ありがとう、鈴香」
短くそう告げた後、蓮稀は花を胸元に抱いた。雪の花を届けてくれた時の雪美の面影がふと過ぎるがそれをすぐに振り払った。
もう振り返らない
誰かの幸せを願うだけで終わる恋ならばせめてその手で別の幸せを掴み取る。
「… 鈴香、お前を幸せにする」
その言葉に少し驚くも蓮稀の想いを知る鈴香は何も言わず静かに微笑んだ。
夕風が2人の間を抜け白い簾を揺らす… 遠くで雷鳴が小さく響いた。梅雨の夜が、静かに始まろうとしていた。
蓮稀は胸の奥に鍵をかけ、自ら選んだ道を歩き出す。それが誰かを愛した者としての最後の誠であるかのように…
「… 蓮稀!!!」
鈴香が立ち去った後、咲夜の声が庭に響いた。縁談の話を耳にした咲夜は、息を切らせて兄のもとへ駆け込んでくる。
「どうした咲夜?」
振り返った蓮稀の顔は
どこか吹っ切れたように穏やかだった。
「縁談を受けたって、何でだよ… お前だってゆきのこと… 」
咲夜の言葉を、蓮稀は遮るようにそっと頭に手を置き撫でる。
「俺は俺で幸せを見つけたんだ、お前は雪美と幸せになれ」
その笑みは静かに、確かに決意を宿していた。咲夜は蓮稀の覚悟した目を見るも胸の奥が締めつけられ、それ以上何も言えなかった。
この選択が
地獄の幕開けになるとも知らずに…