鏡と前世と夜桜の恋

「この縁談を進めたら何があるか分からない… 陽菜や申又に目を付けられているからだ。けどな、きっと俺はゆきが町娘でも… 関係なく惚れてただろう」

咲夜は視線を落とし微かに息をつく。

「来年俺は結納の歳になる… 逃げるなら今だぞ」

本当は… こんな事言いたくない、雪美を手放したくない。

咲夜の気持ちはずっと側に居て欲しい。だが陽菜やおすず、そして申又の存在が気掛かりだった。

蓮稀と鈴香のように、雪美に何かあるかもしれない… その上、雪美が蓮稀に惚れていたことも咲夜は知っている…

咲夜は無言で背を向けた。

「何故… そんなことを言うの?」

雪美の声が震える。


「ゆきが… 蓮稀に惹かれていたことはずっと気付いていた。けど俺は子供の頃からずっとゆきが好きで… 父上に頼んで無理に縁談を結んでもらったんだ。だから今からでも遅くない… 」

「私は… 咲夜と生きていくと決めたの」

咲夜はどんな思いで、どんな気持ちでこの話をしてくれたんだろう…

雪美は咲夜の前に回り込み両手でその頬を包み込む。

「蓮稀お兄ちゃんのことは… 小さな頃の好きよ。今は違う、お慕いしてるのは咲夜… 貴方だけなのに」

雪美の瞳に涙が溢れそれでも笑っていた、その表情に咲夜の胸がほどけていく。

「… ずっと言えず聞けなかった、さよならされるのが怖かった」

雪美の答えを聞き、安心した咲夜は力一杯最愛の人を抱きしめる。

肩が小さく震えている…

雪美は咲夜が頭に刺した彼岸花を手に取り咲夜に手渡し " 私も思うのは貴方1人だけ " と言いながら頬を赤く染め笑みを浮かべた。

「来年も再来年も… ずっと2人で、ななつはんには彼岸花を見に来よう」



咲夜は手渡された彼岸花を受け取り、そのまま立ち上がると雪美を抱き上げその場でくるくる回る…

雪美は咲夜の行動に驚くも抱き着き、楽しそうにきゃっきゃと声を上げ、笑いながら幸せなひと時を過ごした。

夜の風に彼岸花が揺れ、2人の幸せな時間だけが泉に静かに流れていた…
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