鏡と前世と夜桜の恋

おすずの影が、灯火に揺れて巨大化し、
咲夜の体を覆い隠すように落ちる。

2人の影は重なり部屋から交わる音だけが響き渡る… その音は咲夜の尊厳を一枚ずつ剥がしていく音だった。

咲夜は天井を見つめながら、
心の奥で雪美の名を呟く。

(ゆき… ごめん、ごめんな… )


視界が歪む、涙ではない。自分の中で何かが燃え尽きて灰になっていく感覚。

咲夜の胸に、おすずの膝がぐっと乗せられた。体重が一点に集中し肺の奥が押しつぶされるように痛む。

ゆき、ゆき…

どうか、俺を嫌ってくれ。そうすればお前は、お前だけは自由になれる。


" さくは死んで "

雪美のあの声は刃そのものだった。

それでも雪美を突き放したのは咲夜自身、その代償を今まさに身体中で味わっている。

おすずは咲夜の髪を掴み顔を上げさせた。目は笑っているのにその奥は底無しの暗さをたたえている。

「ゆきゆきと… そんなにあの子が好きなのかい?」

咲夜は答えない、ただ歯を食いしばり雪美の名を心の中で唱える。おすずは咲夜の無言を “ 屈服 ” だと思い込み更に咲夜の上で腰を打ちつける。

「いいよ、いいよ… その代わりあんたは一生私のものだよ。蓮稀様もそうだった。こうやって必死で耐えてねえ…」

咲夜の胸がギュッと縮む。


蓮稀はどんな絶望の中、どんな思いでこの地獄を耐えてきたのか。

鈴香の為にと願い、鈴香の為に壊れゆくしかなかった蓮稀の姿が脳裏をよぎる。

(俺は… 蓮稀を責められない。だって今の俺は同じ道を歩こうとしている)

雪美の涙、怒り、狂気。
その全部が咲夜には愛しくて堪らない。


すべて自分が背負いたい、雪美に二度とあんな泣き方をさせたくない。

おすずが満足気に喘ぐ声と雪美の泣き声が混ざり合って咲夜の心はズタズタに裂ける。

「ゆき… 」

ぽつりと漏れたその名をおすずは聞き逃さなかった。

「あぁ、いいよ。泣いても叫んでも。どうせ小娘のとこには帰れないよ。だってあんたは私の “ 所有物 ” なんだからねえ」

おすずの声が耳元で囁きとして落ちる。

咲夜は唇を噛み締め、血が滲むほど堪えながらただ1つ願った。

-- ゆき。

どうかお前だけは幸せになってくれ。俺が地獄に堕ちてもお前だけは… どうか。祈りながら咲夜はおすずの支配を受け入れ続けた。


雪美に刺された傷が痛む。
だが咲夜にはその痛みすら愛しい。

(ゆき… お前が感じた痛みに比べればこんなの…)

目を閉じれば、泣きながら笑っていた雪美の顔が浮かぶ。狂気と愛情が絡まり合ったあの表情。

あの表情をもう二度と見ない為なら… 咲夜は、どんな地獄にでも堕ちる覚悟をしていた。


鈴香を殺して蓮稀を追い詰め、雪美を巻き込み、今度は俺?俺はこの女の掌で踊る気はない。

ただ蓮稀と雪美を、二度と泣かせないためなら… 俺はどれだけでも耐えてやる。

おすずの指が胸へ滑り込むたび、自尊心が焼かれるようにキリキリと痛んだ。だが咲夜は絶対に目を逸らさなかった。


俺の身体なんてどうでもいい、折れるなら折れろ、ただこの女に “ 心 ” だけは渡さない。たとえどれほど辱められようと、俺の中にある雪美だけは絶対に汚させない。

おすずの視線が獲物を見下ろす猛禽のそれで絡みつく。

「いい顔するじゃないか咲夜さん、そういう目が1番 “ 折れやすい ” んだよ」


咲夜は静かに息を吐く。

折れるのはお前だおすず、いずれこの手で… どんな命令をされようが暴力を受けようが気持ちだけは諦められなかった。

いつかきっとコイツを…

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