青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
第3章 予期せぬ波乱と暗雲
 真横から差し込む朝の日差しで目を覚ました蒼馬は、まだ夢を見ているような気分だった。

 眠っているうちに見ていた夢なのか、現実が夢なのか、それともまだ夢の中なのか。

 混乱しながら頭をかき、両腕を広げてあくびをしたところで、ようやく昨夜の出来事を思い出す。

 ――お、おい。

 史香?

 ベッドから跳ね起き、スイートをくまなく探す。

 バスルームに使った形跡があるが姿はない。

 ――どうして?

 どこへ行ったんだ?

 一緒に朝食を味わおうと楽しみにしていたのに。

 結局、俺を信頼してくれなかったのか。

 落胆を振り払うように冷たい水で顔を洗い、蒼馬はスイートを出た。

 地下駐車場に降りると佐久山が待ち構えていた。

「おはようございます」

「おはよう。家まで頼む」

「かしこまりました」

 オーベルジュの脇を通り、櫻坂を上がる。

 昨日、あの場所にいたことや、この隣に史香が座っていたことが遠い過去のように思える。

 ぽっかりと穴の開いた心に史香との甘美な体験が泉のように沸いてくる。

 それはあまりにも刺激的で、それでいて安らぎに満ち、なおかつ官能的な興奮と切なさが入り交じった愛の形だった。

 ――俺は見つけたんだ。

 幻なんかじゃない。

 一晩だけなんて言わないでくれ。

 何度でも抱きたいよ、君を、史香。

 連絡先は交換していないが、勤務先は分かっているから会えないことはないはずだ。

 だから、あらためて交際を申し込むことに問題はないだろう。

 焦る気持ちを抑え込むように、蒼馬は自分にそう言い聞かせていた。

 リムジンはノースエリアのゲートを通過し、お屋敷街に入る。

 一区画の敷地が三百坪以上で二階建てまでの住宅と協定で定められた住宅地は、電柱がなく空が広い。

 大きな岩で組んだ石垣にツツジの植え込みが並ぶ住宅の前でリムジンが速度を緩めた。

 鋼鉄製の門扉が開き、リムジンは敷地内へと入っていく。

 ゴルフ場のように刈り込まれた芝の庭に円弧を描く石畳のアプローチをゆっくりとリムジンが進む。

 一階にあるガラス張りの縁側に、コーヒーを飲みながら読書をする父、道源寺啓介の姿があった。

 時価総額三千億円を超えるとされる道源寺グループを率いる最高経営責任者だが、仕事の半分は人脈作りのゴルフと豪語し、日に焼けた肌をして髪も黒々としているせいか、実年齢の五十四歳よりもかなり若く見える。

 リムジンを降りて家に入った蒼馬はさっそく父に挨拶に行った。

「おはよう、父さん」と、父の向かいの椅子に腰掛ける。

 蒼馬は道源寺ホールディングスの副社長であるが、家ではふつうの親子だ。

「おう、どこに行ってた?」と、カップを置いて父が顔を上げる。「聞くだけ野暮か。まあいい、そこに座れ」

「どうかした?」

「ハノーファーの医療機器コンベンションなんだが、おまえ、行けるんだな」

「え、父さんが行くって言ってたじゃないか」

「俺はインドになった。永田町からの要請だ」

「そんなこと急に言われても」

 蒼馬の頭の中は史香のことで一杯で、それどころではなかった。

「甘ったれたことを言うな」と、父が鋭い目を向ける。「仕事は常に急だ。臨機応変。どんな出来事にも即座に対応できなければ人の上に立つ仕事はできないぞ」

 将来会社を継ぐために必要な実務を経験している段階だから父の命令は絶対だ。

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