青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
「これまでのキャリアを捨てることに迷いはありませんか」

「ありません」

「英語の習得はどのようになさるおつもりですか」

「これまでも勉強はしてきましたし、現地で慣れていくしかないと思います」

「日本に帰ってくる予定は」

「ありません」

「勝算はあるんですか」

「確定的というものはありませんが、可能性なら無限にあると思います」

 記者の間から失笑が漏れる。

「お母様はこの件に関してどのようにおっしゃっているか、話せる範囲で構わないので、教えていただけますか」

「事務所の社長である母は、賛成はしておりませんが、わたくし個人の意思として退所することについて母の意思は関係ありませんので、それ以上はノーコメントとさせていただきます」

「お母様は同行なさるんでしょうか」

「いいえ。まったく関係ありませんので」

「何か現地にコネのようなものはあるんですか」

「ありません。日本では有名な母の娘として活動してきたことは事実ですが、世界に出たらただの一人の人間です」

「もう一度おたずねします。人気絶頂の今、活動を休止するその理由は何なんでしょうか。芸能活動を続けられないような何かスキャンダルがあるのではないか。そう思われても仕方のない状況だと思いますが、ファンの皆さんへの説明責任をどうお考えでしょうか」

「何もありません。ただ単に、わたくしが個人的にやりたいことをやろうとしているだけです。ないものを説明しろと言われてもできません。ファンの皆様へは、これまでの応援に対し、お礼を申し上げたとおりです。あらためて、ありがとうございました」

 困惑する記者たちの中で、一人の外国人記者が挙手した。

「イギリスの通信社です。あなたの目標は?」

 記者の日本語はアクセントに癖もなく流ちょうだ。

 里桜はリラックスした表情で答えた。

「大学でシェイクスピアの研究をしたいと思っています。オフィーリアを演じられる女優になりたいです」

「なるほど」と、うなずきながら英語に変わる。「To be, or not to be, that is the question.」

 笑みを浮かべながら里桜が即座に応じた。

「As one incapable of her own distress.(自身の災厄もわからぬままに)」

「なるほど」と、記者が微笑む。「ウエストエンドであなたの舞台を見てみたいです」

「ありがとうございます。ぜひ近いうちに」

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