青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
「まったく最低だよ」と、首を振る。「格好悪いよな。いい歳したおっさんが十も年下の若い女に正論振りかざしてお説教なんてさ。もっと自分を大事にしろなんてよ。老害もいいところだよな」

 ――はあ?

 お説教?

「どんな写真を撮ったんですか」

「見るか」と、タブレットを取り出し、史香に向ける。

 部屋の黄色い明かりだけで撮影された写真は、画質が荒い分扇情的で、モデルの内面からあふれ出る情念が伝わってくる。

 ベッドの上で背を向ける里桜と、暗い窓に映る影の虚と実の対比。

 振り乱した髪とその下で弾ける狂気に満ちた笑顔。

 史香の知っている里桜ではないし、映画やCMで見せる姿でもない、二人のアーティストの融合でさらけ出された本性がそこにあった。

 最後に見せられたのはトランプ越しに写した里桜の目だった。

「これ、何してるんですか?」

「あいつとベッドの上でババ抜きをしたんだ」

「二人で、ですか?」

 榎戸がうなずく。

「一番つまらないトランプじゃないですか」

「それが、けっこう盛り上がったぜ。あいつ、ジョーカーが行き交うたびにケラケラ笑ってさ」

「いい歳して何やってんですか」

「あいつがやりたいって言ったんだよ」

「馬鹿馬鹿しい」と、史香はストローをくわえながらテーブルの上に投げ出されたタブレットにもう一度視線を落とした。

 トランプの向こうでいたずらっ子の目がこちらを見返している。

 ――サア、アテテゴラン。

 分かっていてもジョーカーを引かされてしまう魔性の目だ。

「この時は、まさか、あんな発表するとは思わなかったんだけどな」

 榎戸はタブレットを片づけながらため息をついた。

 史香はレモネードの氷を揺らしながらたずねた。

「あなたも一緒に行くんですか?」

「俺はカメラマンだぜ」と、榎戸が視線をさまよわせながら手を広げる。「最高の被写体を追い求めて、世界の果てでも行くさ」

 榎戸は言葉を区切ると、一瞬だけ史香と視線を合わせてうつむいた。

「俺もあいつを追いかけていっていいと思うか」

「私が答えることじゃないですね」

「分かってるよ」

「そんなの直接本人に聞いてみればいいじゃないですか」

「怖くて聞けるかよ」

 史香が笑みを漏らす。

「なんだよ」と、うつむいたまま、視線だけを上げる。

「男の人って、どうしてそうなんですかね。一人で考えて、一人で勝手に答えを出しておびえて。答えを握っているのが相手なら、考えてないで聞けばいいだけなのに」

「だから、聞いたら終わっちまうだろ。こんなおっさん、釣り合わないに決まってるんだからよ」

「本当にそうなのか確かめないんですか」と、弱気な男に追い打ちをかける。「自分が思ってもいないことを決めつけられるのって、一番嫌なことじゃないですか。自分じゃない自分でいろと、仮面をかぶせられる。それって、すごく失礼なことだと思いますけど。だからこそ、久永さんはそれを捨て去ろうと決めたんじゃないんですか」

 そして、史香は身を乗り出してテーブルに手をついた。

「その引き金を引いたのは榎戸さん、あなたなんですよね」

「分かったよ」と、膝に手を置いて支えにしながら男が顔を上げた。「だよな。俺がちゃんと話すべきだよな」

< 79 / 84 >

この作品をシェア

pagetop