青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
第6章 旅立ちの青い空
 以前と同じベストに、いかにもなカメラバッグを脇に置いて、榎戸がカフェ奥の壁際のテーブル席に座っていた。

 入り口に背を向けていたけれども格好ですぐに分かったから、史香は真っ直ぐに歩み寄った。

「おう、すまんな、妊婦を呼び出したりして」

 紳士的な挨拶に面食らいながら史香は壁際の席に座った。

 あいかわらずのひげ面だが、少しやつれた雰囲気を感じる。

「電話では話せない取引ですか」

 やや棘のある言い方になってしまったが、相手が相手だけにこれでもおさえたつもりだった。

 史香がレモネードを注文し、それが運ばれてきたところで榎戸が用件を切り出した。

「ニュース見ただろ」

「久永さんのですか」

 榎戸は軽くうなずきながらカフェラテをすすった。

「どう思う?」

「どうって、驚きはしましたけど、本人の意思でしょうから、私がどうこう言う立場じゃないですよ。頑張って欲しいとは思いますけど」

 史香の言葉にうなずいてから、榎戸がカフェラテに視線を落とし、ぶっきらぼうに言った。

「あいつとホテルに行った」

「え?」

「道源寺蒼馬を陥れるのは止めろと言われてさ」

「それって……」

 ひげ面の男は口の端に笑みを浮かべた。

「どんな写真でも撮らせるからって部屋まで用意されてさ」

 ――どんな写真でも?

 史香は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 震える手でレモネードを持ち上げると、口を付けようとするのにグラスの中でストローがくるくると逃げ回る。

 史香は音を立ててテーブルにグラスを置いた。

「それでついていったんですか」

 榎戸は静かにうなずいた。

「撮ったんですか?」

「俺はカメラマンだぜ」

「シャッターチャンスを逃がすわけがない、と」

 史香にセリフを奪い取られた榎戸は肩をすくめた。

「震えるほどすげえ写真が撮れたさ」

「卑怯者」

 吐き捨てるような強い口調に、男は膝の上で手を組んでうなだれた。

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