浪漫大正黒猫喫茶
 フロアの簡単な掃除も終わり、一息ついた後。

「さて。ちょこさん、そろそろ開店のお時間です。お気持ちの準備は大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません!」

「その意気です。では――」

 頷くと、マスターさんが古木の扉を押し開けた。

「いらっしゃいませ。喫茶『淡海』、只今より営業開始いたします」

 落ち着いた声音で、外に待つ人へと声をかける――その、つもりだったけれど。

「い、いらしゃいませー……って、やっぱり今日も、開店前から待っているお客さんはいませんね」

「ふふっ。だからといって、欠かす習慣ではありませんけれど」

 とは言え、昼頃からはとんでもなく混む日もある。
 開店一番に駆け込んでくるお客さんがいないというだけの話だ。
 店先で待つ人がいるか否かは定かでなくとも、マスターさんは毎朝、この声掛けを欠かさない。
 理由は至って普通。もしいれば直接声が届くし、もしいなくとも自分の気分が締まるから、だそうだ。

「本日も、よろしくお願い致しますね、ちょこさん」

「はい! 頑張ります!」

 今の感情になるべく素直に返事をしたところ、思いがけず大きな声が出てしまった。
 恥ずかしさから咄嗟に口を噤むと、

「ふふっ。さ、中に入って待っていましょうか」

 マスターさんは、優しく私をお店の中へと誘ってくれた。
 それもまた何とも恥ずかしくて、私は少し俯いたまま、お店の中へと戻って行った。



 時は大正。
 国外の文化が根付き始め、街並みや、行き交う人々の纏う雰囲気が、ガラリと変わりゆく時代。

 ここは近江。
 お堀の美しさが映える、滋賀県近江八幡市。

 そこな土地にひっそりと構える喫茶店『淡海』で、私はお仕事をさせて頂いております。
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【2023.11.15 ジャンル別ランク2位】 双子というものは、普通の人にはない繋がりがあると聞きます。 私の身内にも、本当なのか嘘なのかも判断できないような話がいくつかございました。 そんなところから着想を得、ひょっとしたらこんなこともあるんじゃないか、と書き下ろしたお話になります。 ミステリという程ではありませんが、謎が謎を呼ぶ展開のようなお話になっておりますので、どうぞ最後の最後までお読み頂き、何か少しでも響くものがあればいいなと思います。

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