私が一番近かったのに…


            ◇


「お疲れ」

私の様子を察してか、愁が終わった後、すぐに声をかけてくれた。

「お疲れ様。今日はミスしてごめんね」

愁に呼ばれる前に、レジへ入るべきだった。
皆がしていることができず、不甲斐ない気持ちで胸がいっぱいだ。

「気にすんな。久しぶりの出勤だったんだ。ミスくらいあるだろう」

そう励ます愁は、ミス一つなかった。
今の私には完璧な愁の姿が、痛いほど眩しく思えた。

「でも、そういう愁はミス一つなかったじゃん」

嫌味ったらしく愁に突っかかった。
今の私は心に余裕がなかった。素直に羨ましいと言えないほど、心が疲れていた。

「今回はたまたま上手くいっただけだ。俺だってミスくらい、する時だってある」

頭では分かっているつもりだ。
それでも今日の私は、冷静な判断をすることができなかった。

「愁は滅多にミスしないじゃん」

実際、仕事でミスが少ないのは本当だ。愁がミスをしたところをあまり見たことがない。
それが今の私には、火に油を注ぐ形になっていた。

「幸奈、どうした?大丈夫か?」

大丈夫なわけがない。私がこんなにイライラしているのは、あなたのせいだといい加減、気づいてほしい。

「ごめん。先に帰るね」

愁を置いて、一人で先に帰った。追いつかれないように早歩きで。
自分でも、どうしてここまでイライラしているのか分からなかった。
八つ当たりなんてしたくなかったのに。今の私は駄々っ子と同じだった。まだ自分の気持ちを素直に伝えてすらいないというのに。
自分の非を認めず、愁のせいにしている自分に嫌気が差した。歩く足が早くなるにつれて、段々と冷静になってきた。自分の行動の不甲斐なさに、段々と凹み始める。

「はぁ…。何やってるんだろう、私」

一旦、足を止める。愁が追いかけて来てくれているという、淡い期待を込めて。
こんなことをしたって、意味がないことくらい分かってる。
それでも期待せずにはいられなかった。ゆっくりと後ろを振り返る。

「やっぱりいないか」

後ろに愁の姿はなかった。今ここに愁が居ないことが、答えなんだと思った。


           ◇


「おはよう、幸奈」

何事もなかったかのように、愁がいつも通り声をかけてくれた。

「うん、おはよう…」

あまりの気まずさに、目が合わせられなかった。
ぎこちない返事。誰が見ても、何かあったことを匂わすような雰囲気が漂っていた。

「あのさ。俺、気づかないうちに何かしたかな?
ちゃんと話したいから、終わった後、少し俺に時間をもらえないか?」

悪いのは私の方であって、愁は何も謝る必要なんてない。
これじゃ、愁を困らせているだけ。本当に謝らないといけないのは私の方なのに…。
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