金の葉と、銀の雪

3*銀色の花婿

 ヴェネッサから「室内用にメイク直しをするわね」と声かけられる。また三琴は彼女の前に座らさせられた。
 メイクは屋内撮影向けに直すのだが、ウェディングドレスはそのまま。衣装がたった一枚しかない点からも、ウェディングドレスのカタログ撮影の練習は、嘘だとわかる。
 ヴェネッサの手ほどきを受けながら、三琴は三琴でことの経緯を整理した。

(ベールガールまでいるから、予行演習にしては演出がすごいなと思っていたけど……完全に東野池さんに騙されたわ)
(結婚式なら結婚式って、最初からいってくれてよかったのに)
(あ~でも、そういうサプライズ的なお祭り、脩也さんなら喜んでやりそう)

 そうなのだ、この撮影会の件ではまったく脩也の影が見当たらなかったので、すっかり三琴は春奈だけの案件だと思い込んでいたのだ。それゆえに、撮影だけして終わりと信じ切っていたのである。

 さて、勉強会と称した撮影会が三琴の結婚式だったのは、いいとしよう。
 仕掛け人だって悪気があってやったわけではない。ひとえに式を挙げていない三琴のためを思って、三琴を驚かせたいと思ってやったことだ。善意からのものである。
 
「ハルナも少し悪ふざけがすぎた気がするけど、ミコト、怒らないでね」
 三琴のメイクを直しながら、このサプライズの協力者のひとりヴェネッサが、結婚式秘話を説明した。いま思っている三琴の心を見透かしたかのように。
 その春奈だが、次の撮影のために教会聖堂のほうへいってしまって、ここにはいない。また脩也も同じくセッティングにいってしまった。
 この控室にいるのは、三琴とヴェネッサと双子のみ。だから、ヴェネッサが三琴のご機嫌取りをかねて、ことの釈明しているのである。

「ハルナからミコトが日本で結婚式を挙げられないってきいて、私もびっくりしたの。女子の一世一代の晴れの舞台がなくなってしまうなんてね~、ショックじゃない。ハルナだけでなく、私も残念に思ったのよ」
 まずヴェネッサは、春奈から今日の結婚式の協力をお願いされたときの自分の感想を口にした。

 ここで、あれ? と三琴は思う。春奈には結婚報告はしたけれど、その詳細を彼女に告げた覚えはない。春奈が挙式なしの入籍を知っているはずがないのだ。
 でもヴェネッサの言葉には、そんな節がない。きっと春奈は、脩也から詳細をきいたのだろう。仲良しスタジオメンバーならあり得ることである。

「ハルナは、親族でない第三者の自分がいろいろ申し立てるのは余計なことかもしれないけれど、それはお祝いが少なすぎると思うんだって。私も、ハルナと同意見よ」

 お祝いが少なすぎる――春奈でなくとも今回の三琴の結婚のは、そうみえるだろう。

 春奈自身は夫の裕介の両親に結婚を反対された口である。裕介の両親とは揉めに揉めて、最終的には裕介が養子になるということで場を収めた。
 そういう事情で、春奈の場合、春奈側の親族だけを集めた食事会を行い、これを結婚披露宴に代えたそうだ。両家円満ではなかったけど、きちんとお披露目の場があったのである。

 それに対して、三琴には何もない。せいぜい、互いの両親へふたり揃って挨拶にいっただけ。慌ただしい一時帰国の中での強行軍であった。
 黒澤家については美沙希の件で会長夫妻は疲弊していたし、松田家については相手が大物すぎて正当な庶民の両親は困っていた。そんな両家事情に加えて太平洋を往復する式準備は、かなりの手間がかかる。
 なので、あえて瑞樹と三琴は何もしなかった。同様に、エンゲージリングは用意できても、マリッジリングもまだないという有様だった。

 脩也からそうなった理由をきかされていても、春奈は同じ女子として、かわいそうだと思えば不公平だとも思ったのかもしれない。実に春奈らしい優しい感情である。「勝手に進めて怒らないでね」と春奈を擁護する、このヴェネッサも優しい。知らないうちに、三琴は優しいメンバーに囲まれていた。

「それで、こっち(シカゴ)でお祝いをしてあげたいと思っても、すぐにはいいのが閃かなくてね~。そうしたら運よくウェディングドレスの撮影依頼がきたのよ」
 なんと、でっち上げのウェディングドレスの撮影会だと思っていたら、実はこれ、本当に春奈の予行演習会であったのだった。

「そこでハルナ、これをダシにして結婚式をしちゃえ! ってなって、今日の企画よ。シュウヤも大いに賛成してくれて、ふたりで極秘で進めていたのよ」
 春奈だけでは、どうしても面識のない瑞樹と連絡をつけることはできないはず。謎だった瑞樹の登場には、やはり兄の脩也が絡んでいた。

「今回、私もアジア人のメイクの練習になったし姪っ子らもいい経験ができたしで、実はミコトに感謝しているのよ」
 これをきいて、三琴の中の罪悪感みたいなものが少し薄れる。春奈と脩也の気持ちは嬉しいが、まったくの赤の他人を巻き込んでの大芝居に、三琴は恐縮でたまらなかったのだ。

 そんな裏話も終わりになれば、三琴の化粧直しも終わった。
「うん、完璧! リネット、ベールちょうだい」
 すぐそばでは双子が、ミコトのベールから撮影の際についた葉やその断片を取り除いていた。こちらもきれいにすることができて、再びそれは三琴の頭上にのせられる。

「今度はウェディングロードを歩くから、ベールダウンするわね」
 屋外撮影と違って、三琴の目の前にベールが一枚下ろされる。薄いベールはそこまで視界を遮ることはない。ベール越しに、双子がうっとりとため息をつくのがみえた。
「ミッコ、すごくきれい!」
「私たち、お手伝いできてとても嬉しいです」
 意気揚々としたリネットとエイミーの声。双子だけでなく三琴だって、ヴェネッサの「ウェディングロード」という言葉に心臓が高鳴っていく。
 さっきまで三琴はこれをカタログ撮影の予行演習と信じ込んでいたのだ、結婚式という心の準備など全然できていない。でも役者は揃い、舞台のセッティングも完璧だ。この「はじまるんだ」という高揚感は、瑞樹とともに仕事をしていたときを彷彿とさせる。

(やるしかない!)

 いま自分は、本当に自分は、自分の結婚式の祭壇に上がるのだと、三琴は意識したのだった。



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